第24話 蛮獣王の怒りと、試練の依頼
森の最深部。
木々が絡み合い、陽光すら届かぬ暗闇の中に――それはあった。
獣の骨で組まれた巨大な玉座。
無数の頭蓋骨が積み重なり、背もたれを形成している。その一つ一つが、かつてこの森で命を落とした者たちの成れの果てだ。
玉座の周囲には、松明の炎が揺らめいている。だが、その炎は赤ではない。緑色の、不気味な光を放つ炎だ。
そして――玉座に座る影。
人間の倍以上はあろうかという巨躯。
全身を覆う黒い毛皮。
頭部には、巨大な狼の頭蓋骨を兜のように被っている。その眼窩の奥から、赤く光る瞳が覗く。この頭蓋骨は単なる装飾ではない――権能の器だ。感知能力を飛躍的に強化し、森全体の魔物たちの位置を把握する。
胸部や肩には、狼の牙を加工した骨の甲冑が装着されている。牙の骨は攻撃特化の権能を宿し、装着者の破壊力を増幅させる。
腕には脊椎骨を編み込んだ篭手。脊椎骨は再生能力を補助し、多少の傷ならば瞬時に癒す。
鋭い爪、そして背中には無数の傷跡。
これこそが、十魔帝王の一柱――《蛮獣王ドゥームフォレス》。
骨の権能を身に纏い、森と獣を支配する災厄。
「……報告せよ」
低く、地を這うような声が響く。
玉座の前に、三匹の小さな影が跪いている。
グレーターオーガ討伐を観察していた、偵察部隊だ。
「ハッ……」
一匹が、震える声で報告を始める。
「グレーターオーガは……討伐されました」
「ほう」
ドゥームフォレスの声に、わずかな興味が滲む。
「人間ども、何匹で討伐した?」
「四名です。そのうち一名が……例の《物理補助》を使う者」
「ふむ……」
ドゥームフォレスが、玉座の肘掛けを爪で叩く。
カツン、カツン、カツン。
規則的な音が、暗闇に響く。
「その者の力、詳しく報告せよ」
「ハッ。地面の性質を変え、敵の足を滑らせます。刃を震わせ、硬い皮膚を切り裂きます。そして――」
偵察兵が一呼吸置く。
「複数の力を、同時に発動させることができます」
「……何?」
ドゥームフォレスの声のトーンが、わずかに上がる。
「複数、だと?」
「はい。地面を滑らせながら、跳ね返す力も同時に。刃を震わせながら、熱を発生させ、硬度も上げることも」
「……面白い」
ドゥームフォレスが、にやりと笑う。
その口元から、鋭い牙が覗く。
「人間にしては、なかなかやる」
だが――その笑みは、すぐに消える。
「だが、我が配下を二体も殺した。ゴブリンキングに、グレーターオーガ」
ドゥームフォレスが立ち上がる。
その巨躯が、松明の光に照らされる。
三メートルを超える身長。
筋肉が盛り上がった腕。
そして、背中には――無数の傷跡と共に、黒い毛皮が波打っている。
「許すわけには、いかんな」
ドゥームフォレスが、玉座の前に立つ。
その眼光が、偵察兵たちを射抜く。
「貴様ら、よく観察した。褒美をやろう」
「ハッ、ありがたき幸せ!」
偵察兵たちが、深々と頭を下げる。
「だが――」
ドゥームフォレスの声が、一変する。
「次に送るのは、貴様らではない」
ドゥームフォレスが、暗闇の奥を見つめる。
そこには――何かが蠢いている。
「《牙の四騎士》を呼べ」
その言葉に、偵察兵たちの体が震える。
「《牙の四騎士》を……ですか」
「そうだ。あの人間、ただの雑魚ではない。それ相応の戦力で潰す」
ドゥームフォレスが、再び玉座に座る。
「行け。そして、あの人間を捻り潰せ、と」
「ハッ!」
偵察兵たちが、一斉に立ち上がり、暗闇の中へと消えていく。
ドゥームフォレスは、一人玉座に座り――静かに呟く。
「《物理補助》……面白い力だ。お前自身の目でも確かめてこい。その人間が……我が牙となるに値するか、それとも――ただの餌か」
その声は、森全体に響き渡るかのように――深く、重く、そして禍々しかった。
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◆ ◆ ◆
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翌朝。
俺は、いつもより早く目が覚めた。
窓から差し込む朝日が、部屋を明るく照らしている。
ベッドの横では、ゼリーがぷるぷると震えながら眠っている。
「……よく寝たな」
俺は体を起こし、伸びをする。
昨日の疲れは、ほとんど取れている。
Cランクへの昇格。
まだ実感が湧かないが、これからはより難易度の高い依頼を受けることになる。
「準備しないとな」
俺は服を着替え、部屋を出る。
一階の食堂では、すでにガルドたちが朝食を取っていた。
「おはよう、タクミ」
ガルドが手を振る。
「おはよう」
俺も席に着き、パンとスープを注文する。
「今日はどうする?」
ジンが尋ねる。
「ギルドに行って、依頼を見てみようと思う」
俺は答える。
「Cランクになったから、受けられる依頼も増えたはずだ」
「そうだな。Cランクの依頼は、報酬も良いが危険度も高い」
リーナが注意を促す。
「気をつけないとな」
朝食を終え、俺たちはギルドへと向かう。
街は、朝から活気に満ちている。
商人たちが店を開き、人々が行き交う。
子供たちが路地で遊び、犬が走り回る。
平和な光景だ。
だが――この平和も、冒険者がいなければ成り立たない。
冒険者たちが、日々魔物と戦っているからこそ、この街は守られている。
「さあ、着いたぞ」
ガルドがギルドの扉を開ける。
中に入ると、朝からすでに多くの冒険者がいた。
依頼書を眺める者、酒を飲む者、仲間と談笑する者。
そして――俺たちを見て、ざわめく者たち。
「あれ、昨日のグレーターオーガを倒した奴らだ」
「Cランクに飛び級した新人もいるらしいぞ」
「マジかよ、どんな化け物だ」
ささやき声が、周囲から聞こえてくる。
俺は気にせず、掲示板へと向かう。
掲示板には、無数の依頼書が貼られている。
Fランク、Eランク、Dランク、Cランク――様々な難易度の依頼が並んでいる。
俺は、Cランクの依頼を見る。
【魔物討伐:森の魔狼討伐】
【報酬:金貨五枚】
【難易度:Cランク】
【詳細:北の森に出現した魔狼の群れを討伐せよ。群れのリーダーを倒せば、他の魔狼は散り散りになる】
【護衛任務:商隊護衛】
【報酬:金貨四枚】
【難易度:Cランク】
【詳細:隣町への商隊を護衛せよ。盗賊や魔物の襲撃に注意】
【採取任務:魔石採掘】
【報酬:金貨三枚】
【難易度:Cランク】
【詳細:廃鉱山で魔石を採掘せよ。廃鉱山には魔物が巣食っている】
どれも、一筋縄ではいかない依頼ばかりだ。
「どれにする?」
ガルドが尋ねる。
「……魔狼討伐にしよう」
俺は答える。
「森での戦闘は、少し慣れてきた。それに、報酬も良い」
「了解。じゃあ、受付に行こう」
俺たちはカウンターへと向かう。
ミラが、笑顔で迎えてくれる。
「おはようございます。今日は依頼を受けに?」
「ああ。これを受けたい」
ガルドが依頼書を渡す。
ミラが確認する。
「魔狼討伐ですね。Cランクの依頼です」
ミラが一瞬、表情を曇らせる。
「……この依頼、実はギルドマスターから特別に出されたものなんです」
ミラが説明する。
「魔狼の群れは、通常のものより知能が高く、連携も巧みです。グレン様は、これを試練として用意されたとのことです」
「試練……か」
ガルドが少し警戒した表情を見せる。
「グレンが直々に、ねぇ……」
「大丈夫ですか? 無理ならお断りしても――」
「いや、受ける」
俺は即答する。
「Cランクになった以上、それ相応の試練は必要だろう」
「……分かりました」
ミラが書類に記入する。
「魔狼の群れは、北の森の奥、古い石碑の近くに巣を作っているとの情報があります。特に群れのリーダーは、白い毛皮を持つ巨大な魔狼だそうです」
「白い魔狼……」
リーナが呟く。
ガルドが納得したように頷く。
「了解。じゃあ、行ってくる」
俺たちはギルドを出る。
「さあ、準備して出発だ」
ガルドが言う。
俺たちは宿に戻り、武器と防具を整える。
そして――北の森へと向かう。
再び、あの森へ。
だが、今度は魔狼が相手だ。
群れで行動する、知能の高い魔物。
そして――グレンが用意した、試練。
「行くぞ」
ガルドが先導する。
俺たちは、北の森の奥へと進んでいく。
木々が密集し、陽光が遮られる。
足元には落ち葉が積もり、一歩ごとにサクサクと音を立てる。
数時間歩いた頃――。
「あれだ」
ジンが、前方を指差す。
古い石碑が、木々の間に立っている。
風化して文字は読めないが、何か神聖な雰囲気を放っている。
「この辺りが、魔狼の巣か……」
ガルドが警戒する。
その時――。
「グルルルル……」
低い唸り声が、四方八方から聞こえてくる。
俺たちは、すでに囲まれていた。
茂みから――一匹、また一匹と、魔狼が姿を現す。
体長は二メートル近く。
灰色の毛皮、鋭い牙、そして――知性を宿した赤い瞳。
その数――十匹以上。
だが――。
「あれは……」
リーナが、息を呑む。
石碑の上に――一匹の巨大な魔狼が座っている。
純白の毛皮。
他の魔狼より一回り大きい体。
そして――どこか、人間的な知性を感じさせる金色の瞳。
「白い魔狼……」
俺が呟く。
白い魔狼が、俺たちをじっと見つめている。
その目には――値踏みするような光がある。
まるで、試しているかのように。
「……多いな」
ガルドが剣を抜く。
「気をつけろ。魔狼は群れで連携する」
リーナが警告する。
俺は銃を抜き、ナイフも手に取る。
白い魔狼が、低く吠える。
その瞬間――周囲の魔狼たちが、一斉に襲いかかってくる。
だが――。
俺は違和感を覚える。
この魔狼たち――本気で襲ってきていない。
攻撃が、どこか遠慮がちだ。
まるで――。
「試されている……?」
俺が呟く。
白い魔狼が、石碑の上から俺を見つめている。
その目は、明らかに何かを観察している。
「タクミ、考えるのは後だ!」
ガルドが叫ぶ。
魔狼の一匹が、俺に飛びかかる。
俺は横に飛び、銃を構える。
「《物理補助》……地面の摩擦係数、最小化」
パン!
弾丸が魔狼の足元に着弾する。
魔狼が滑って転倒する。
白い魔狼が、わずかに目を細める。
興味を示している。
次の魔狼が襲ってくる。
俺はナイフを抜き、迎え撃つ。
「《物理補助》……ナイフの振動数、増加」
ナイフが震え、魔狼の脇腹を切り裂く。
魔狼が悲鳴を上げて後退する。
白い魔狼が、さらに身を乗り出す。
まるで、もっと見せろ、と言わんばかりに。
「くっ……」
俺は、状況を理解する。
この戦い――本当の目的は、俺の力を見極めることだ。
白い魔狼が、俺を試している。
「なら――」
俺は決意する。
見せてやる。
《物理補助》の、真の力を。
俺は深呼吸し、集中する。
周囲の魔狼たち――三匹が同時に襲いかかってくる。
「《物理補助》――」
俺は銃で三箇所に連射する。
パン、パン、パン!
そして――三つの効果を、同時に発動させる。
「地面の摩擦係数、最小化。反発係数、増加。そして一一地面の硬度、上昇」
三匹の魔狼が、同時にバランスを崩す。
地面が滑り、跳ね返し、そして硬化した地面が魔狼の爪を受け付けない。
頭に激痛が走る。
だが――効果は抜群だ。
三匹の魔狼が、同時に転倒する。
白い魔狼が――立ち上がる。
その目には、明確な驚きと――満足の色。
そして――白い魔狼が、大きく吠える。
「アオォォォン!」
その咆哮を合図に――周囲の魔狼たちが、一斉に退く。
戦いは、終わった。
「……何だ?」
ガルドが困惑する。
白い魔狼が、石碑から降りる。
そして――俺の前にゆっくりと歩いてくる。
その目は、もう敵意を含んでいない。
むしろ――認めた、という色がある。
白い魔狼が、俺の目の前で座る。
そして――。
「よくやった、タクミ」
人間の声が、森に響く。
俺が振り返ると――そこには、グレンが立っていた。
「グレン……!」
ガルドが驚く。
「お前たち、よく戦った」
グレンが、ゆっくりと近づいてくる。
「特に、タクミ。お前の《物理補助》――噂以上だな」
グレンが、白い魔狼の頭を撫でる。
「これは、俺の配下だ。魔狼ではなく――《使い魔》と言った方が正しい」
「使い魔……」
俺が呟く。
「ああ。俺は、お前の力を試したかった。そして――」
グレンが、真剣な目で俺を見る。
「お前が、ある戦いに耐えうる力を持っているか、確かめたかった」
「ある戦い……?」
「その話はまた今度だ」
グレンが、白い魔狼に合図を送る。
白い魔狼と配下の魔狼たちが、森の奥へと消えていく。
「今日の依頼は、これで完了だ。報酬は、ギルドで渡す」
グレンが踵を返す。
「タクミ、お前にはいずれ――大きな戦いが待っている。準備しておけ」
そう言い残し、グレンは森の中へと消えていった。
俺たちは、ただその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「……一体、どういうことだ?」
ガルドが呟く。
「分からない……」
俺も首を振る。
だが――一つだけ、確かなことがある。
グレンは、何かを隠している。
そして、俺に何かを期待している。
「とりあえず、街に戻ろう」
リーナが提案する。
俺たちは、北の森を後にする。
心には、無数の疑問を抱えながら。
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