11話 石の巨人と、共振の刃
ストーンゴーレムが、ゆっくりと俺に向かって歩み寄る。
一歩踏み出すたびに、床が震える。
その巨体は圧倒的だ。
だが、俺は冷静に観察を続ける。
ゴーレムの動き、関節の可動範囲、重心の位置。
全てが、物理法則に従っている。
「まずは、動きを止める」
ゴーレムが腕を振り上げ、俺に向かって殴りかかってくる。
俺は横に転がり、攻撃を避ける。
ゴーレムの拳が床に叩きつけられ、石畳が砕ける。
その瞬間――俺は素早く地面に手をつく。
「《物理補助》……床面の応力分布、不均等化」
手で触れた床から、ゴーレムが立っている場所へと効果を広げる。
ゴーレムの片足の下だけ、床の耐久性を局所的に弱める。
ゴーレムが次の攻撃のために踏み込んだ瞬間――。
バキッ!
床が砕け、ゴーレムの片足が地面に沈み込む。
バランスを崩したゴーレムが、膝をつく。
「よし……」
だが、ゴーレムはすぐに立ち上がり、今度は両腕を同時に振り下ろしてくる。
俺は後ろに跳び、距離を取る。
床が大きく陥没する。
「一度の転倒じゃ倒せないか……」
俺は次の手を考える。
ゴーレムの弱点は、関節部分だ。
首、肩、腰、膝――動く部分には、必ず隙間がある。
だが、ナイフで岩を削るのは時間がかかりすぎる。
それに、あの巨体に近づくのは危険すぎる。
「待て……接触、か」
俺は《物理補助》の制約を思い出す。
直接触れた物質にしか効果がない。
ならば――触れる方法を考えればいい。
俺は周囲を見回す。
崩れたゴーレムの腕の破片、床の石、壁から剥がれた岩。
「これを使う」
俺は拳大の石を拾い上げる。
「《物理補助》……投擲物の軌道、最適化。空気抵抗、最小化」
そして、石の表面に別の補正をかける。
「《物理補助》……物質内部の分子振動、増幅」
石そのものを、振動体に変える。
特定の周波数で石を震わせ続ける。
まるで超音波を発する装置のように。
俺は石をゴーレムの肩関節めがけて投げる。
石は正確に肩に命中し、そのまま張り付く。
ゴーレムが腕を振って払おうとするが、石は落ちない。
なぜなら――。
「《物理補助》……接触面の摩擦係数、最大化」
石とゴーレムの肩の間の摩擦を極限まで高めている。
まるで接着剤で貼り付けたように。
そして――振動が始まる。
ビリビリビリ……!
石から発せられた振動が、ゴーレムの肩に伝わる。
共振。
岩の固有振動数に合わせた周波数で揺さぶり続けることで、内部構造が不安定になっていく。
ピシッ!
肩関節部分に、細かいひび割れが走る。
「効いた!」
ゴーレムが苦しそうに腕を動かす。
俺はさらに石を投げる。
同じように、振動を増幅させた石をゴーレムの体に張り付ける。
右肩、左肩、腰、膝――。
四つの石が、それぞれの場所で振動を続ける。
ビリビリビリビリ……!!
ゴーレムの全身から、細かな石の破片がポロポロと落ち始める。
ピシピシピシ……!
ひび割れが広がっていく。
そして――。
ガシャン!
ゴーレムの右腕が、肩から崩れ落ちた。
だが、ゴーレムはまだ倒れない。
残った左腕で、床から大きな岩の塊を掴み上げ、俺に向かって投げつけてきた。
「クソッ!」
俺は横に飛ぶが、岩の破片が頬をかすめる。
「投擲までしてくるのか……」
ゴーレムは片腕を失っても、まだ戦意を失っていない。
俺は呼吸を整え、次の石を拾う。
だが――石が足りない。
「ならば……」
俺はナイフを抜き、ゴーレムに向かって走る。
ゴーレムが左腕を振り下ろしてくる。
俺はギリギリまで引きつけ、土壇場で横に転がる。
ゴーレムの拳が床に叩きつけられる。
その瞬間――俺はゴーレムの左腕に飛びつく。
「《物理補助》……接触面の摩擦係数、最大化」
靴底とゴーレムの腕の間の摩擦を高め、滑らないようにする。
そして、腕の上を駆け上がり、肩関節部分に到達する。
ゴーレムが腕を振って俺を振り落とそうとする。
だが――。
「《物理補助》……ナイフの刃先、振動数増加」
ナイフの刃を高周波で振動させる。
まるで超音波カッターのように。
俺はナイフをゴーレムの肩の隙間に突き刺す。
ギリギリと、岩が削れる音。
「さらに――」
ナイフを通じて、ゴーレムの内部に振動を送り込む。
「《物理補助》……分子振動、増幅。共振周波数、調整」
ビリビリビリ……!!
ゴーレムの肩が、内部から崩壊していく。
ピシピシピシ……!
ひび割れが走る。
そして――。
ガシャアァン!
左腕も崩れ落ちた。
俺は飛び降り、距離を取る。
両腕を失ったゴーレムが、その場に立ち尽くす。
だが――目の光はまだ消えていない。
「まだ、動くのか……」
ゴーレムが俺に向かって体当たりを仕掛けてくる。
巨体が迫る。
避けきれない。
俺は地面に手をつく。
「《物理補助》……床面の摩擦係数、最大化」
俺の足元だけ、グリップ力を極限まで高める。
そして、腰を落とし、全身の筋肉を使ってゴーレムを受け止める構えを取る。
ゴーレムの胴体が俺に激突する。
ズシン!
凄まじい衝撃。
だが――。
「《物理補助》……衝撃エネルギー、分散」
俺の体に伝わる衝撃を、足元から地面全体に逃がす。
まるで地震の揺れを免震構造で吸収するように、エネルギーを拡散させる。
ゴーレムの突進が止まる。
俺は歯を食いしばり、ゴーレムを押し返す。
「……重い、が……!」
そして、渾身の力でゴーレムを突き飛ばす。
バランスを崩したゴーレムが、後ろによろめく。
その隙に、俺はゴーレムの背後に回り込み、背中に飛びつく。
そして――首の部分に手を当てる。
「最後は――これだ」
ナイフを首の隙間に差し込み、振動を送り込む。
「《物理補助》……分子振動、最大出力。共振周波数、固有値に固定」
全身全霊を込めて、振動を送り込む。
ビリビリビリビリ……!!
ゴーレムの首が、内部から崩壊していく。
ピシピシピシ……!
ひび割れが走る。
そして――。
バキィン!!
ゴーレムの首が砕け、頭部が地面に転がり落ちた。
赤く光っていた目が、消える。
巨体が、ゆっくりと崩れていく。
静寂が戻る。
俺は荒い息をつきながら、その場に膝をつく。
「……勝った、のか」
信じられない。
一人で、ダンジョンのボス級の魔物を倒した。
《物理補助》の応用だけで。
しかも――新しい使い方を発見した。
「分子振動の増幅……共振による内部破壊」
接触した物質を振動体に変え、その振動で内部を崩す。
これは、強い。
物質の内部構造そのものを揺さぶることで、どんなに硬い物質でも破壊できる。
魔法のように派手ではないが、確実で、応用範囲が広い。
俺は立ち上がり、部屋の奥を見る。
そこには――出口へと続く階段があった。
ゴーレムを倒したことで、封印が解けたらしい。
「ガルドたちは、無事に戻れただろうか」
俺は階段を上り始める。
リックは、父親と再会できただろうか。
そして――俺は、この迷宮から無事に脱出できるのか。
階段を上りながら、俺は静かに考え続けた。
だが、心のどこかで――少しだけ、自信が芽生え始めていた。
《物理補助》は、まだまだ可能性がある。
この世界で、俺は――戦える。
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