宇宙工場サブファイロット 03章 誤作動の再発7
「着いたぞおっさん、通風口の出口はすぐそこだ!」
二人は全速力で走った。そこに、後ろから別の足音が追いかけてくる。二人が振り返ると、別のチューブ帯を降りてやって来たボルトだった。
ボルトは息を切らしながら、それでも二人に追いつき、息を乱しながら、
「お前たちの通信は聞いた。ナットはまだ来てないんだな。」
「そうなんだ、でもきっとすぐに・・・」
そう言いかけてスペアは言葉を切った。目の前に広がる発着場、そしてその入り口近くの通路の壁の通風口から、ナットのふわふわした髪がのぞいたからだった。
「ナット!」
パドがいち早くナットに走り寄り、通風口から半分のぞいた体を素早く引き上げる。スペアとボルトも息を切らしながら追いついた。ボルトはナットの前に身をかがめてぜいぜいと息をしていたが、いきなり「チップを出せ。」とナットに怒鳴った。
その有無を言わせぬ態度に、ナットが驚きながらもポケットからチップを取り出すと、相手はそれをひったくるように奪い取り、自分の上着のポケットに押し込んだ。
その時、ロボットの独特の駆動音が通路に響き出した。四人がはっと振り返ると、ナットの出てきた通風口からミニロボットが次々に飛び出して来る。一方、発着場からも中型、大型の作業ロボットがこちらに向かって来ていた。パドは素早くナットを小脇に抱え、叫んだ。
「逃げるぞ、走れ!」
「待ておっさん! 逃げたって無駄だ、ボルト、チップを渡すんだ!」
スペアが叫ぶ。ボルトはどちらに従ったものか決めかねるように、二人の間で立っていた。その間に十数台の作業ロボットたちは、2、3ミナンほどの距離をおいて彼らをぐるりと取り囲んでしまった。
そして、ひときわ大きなリーダー・ロボット、E5が彼らの前にゆっくりと移動して来た。低い人工の声がボルトの頭上に落ちる。
「ボルト様。お持ちのデータチップをお渡し下さい。」
「嫌だと言ったら無理に取り上げるのか。」
ボルトは乱れた長い髪をかきあげ、背をややそらせて聞いた。
「不本意ですが、そうなります。」
「不本意か。面白い事を言うじゃないか。この期に及んで。」
E5にビームライフルの照準を合わせたパドが皮肉な調子で言う。その隣で、スペアが素早く言った。
「おっさん、そんなもの撃っちゃだめだ。作業ロボットは戦闘ロボットみたいにビーム砲を装備したりしてないが、おっさんを敵とみなしたら、排除にかかるぞ。おっさんは俺たちと違って、サイクルが全然積まれてないんだから。」
「排除ねえ・・・。やれるもんならやってみなってところだな。」
パドがにやりと笑う。床に座り込んでいたナットも、「だめだよ、パド」とパドの足にすがりついた。全力で長距離を走りきり、彼もさすがに体力の限界だったのだ。
「それに、武器を使用したら、戦闘ロボットを呼びだすかもしれない。」
そんな三人をちらりと見て、ボルトはポケットからきらきら光るデータチップをつまみ出した。ロボットたちによく見えるようチップを高く掲げると、
「そんなにこれが欲しいのか、E5。これを私たちから取り上げてどうする。」
「破壊します。」
即答したE5に、ボルトは驚いた様子もなく、
「ふーん、そうか。それは誰の命令だ。」
「誰の命令でもありません。破壊しなければならないので、破壊いたします。さあ、そのチップをお渡しください。」
「DF887、75956321、SAT―SS873。」
突然奇妙な言葉を言いだしたので、パドは思わずボルトの顔を見たが、E5は冷静に答えた。
「チップを破壊しなければ、リセットコードは受け付けられません。さ、そのチップをこちらにください。」
「ボルト、さがってろ。」
パドはボルトを庇うように前に出た。スペアがすぐ、
「おっさん、やめるんだ。ボルト、早くチップを渡せ。相手は狂ったロボットだ、何をするか分からないぞ。」と必死に言う。ボルトはスペアをちらっと見たが、すぐまたE5に向き直ると、
「チップを渡したら、リセットに応じるのか? 信用ならないんだけどな。」
「私たちは、ボルト様、スペア様、それにナット様に嘘を言う事などあり得ません。」
「そうか。」
ボルトはその手のデータチップに視線を向けると、「じゃあ取れ。」とあっけなくチップをロボットに差し出した。
「いいのかボルト?」
思わずパドが振り向く。ボルトは小さくうなずいて、
「こんなチップひとつで、走り回るのはもううんざりだ。くれてやるよ。」
スペアが小さく息を吐き、ナットが心外そうにボルトを見上げる。パドはE5から視線を離さず、わずかに顔を近づけてボルトにささやいた。
「本気じゃないんだろ、何するつもりでいる。」
面倒くさそうに彼女は答えた。
「何もしません。このデータチップを破壊したら、誤作動は収まるとロボットが言ってるんだ。だったらたぶんその通りになるだろう。そら!」
乱暴に突き出したボルトの手から、E5がチップを取り上げた。あっけにとられたパド、ロボットを睨みつけているスペア、ぜえぜえと息をしているナット、超然と立っているボルトをよそに、E5はするするとそのまま後退した。パドはライフルを構えたままだったが、ボルトはその足下に座り込んだナットに手を差し伸べ、抱き上げるように立たせてやった。
その後ろで鈍い衝撃音がした。E5がチップを破壊したのだ。チップはこなごなに砕け、ぱらぱらと床に落ちた。それを確認すると、十数台のロボット、それにミニロボットたちは一斉にその目のライトを明滅し始め、明滅が止まると、低い駆動音と共にそのアームを下にさげ、完全に止まった。リセットコードを受け入れて動作を停止したのである。
スペアたちは呆然とそんなロボットの様子を見ていたが、しばらくしてパドがビームライフルをしまった。そして、ボルトの腕の中でぐったりしているナットを見て、
「ナット、平気か?」
「うん・・・。別に怪我とか何もしてないよ。でも、こんな走ったの初めてだ。心臓がとびでちゃいそう。」
それを聞いたボルトは笑って、ナットの背中をなでてやった。
「じきに落ち着くさ。ふう、でも私もわきっぱらが痛い。運動不足だな。」
顔をしかめたが、すぐいつもの顔に戻り、後ろを振りかえると、
「ロボットが止まって良かった。ちゃんとその辺は動くんだな。」とつぶやいた。
パドが意外そうに彼女を見て、
「本気で渡すとは思わなかったよ。よかったのか。」
するとボルトは彼をちらと見上げ、ぶっきらぼうにうなずいた。一方スペアは、その輪に加わらず、停止したロボットの方に歩みを進めていた。それに気づいたパドが、
「おい、スペア、そいつらに近づくな!」
と叫んだが、スペアはぼんやり振り返ると、
「大丈夫だって・・・。完全に停止している。起動コードを入れない限り、動かないよ。」
と、妙に感情のない声でつぶやいた。ナットが首を回してスペアを見上げ、
「スペア・・・。」
と声をかけたが、スペアは答えず、黙って彫像のように立っているロボットを見上げていた。そして、ひときわ大きな一台のロボットに近づくと、その脚部に付いているいくつかの小さな突起を次々に押した。
首元のパネルが開き、さらに入力すると、中から小さなデータディスクが飛び出す。ロボットの思考プログラムが入ったディスクだった。彼は器用にロボットによじ登ると、険しい顔でそれを手に取ってポケットに収めた。
「さ、ともかく一度戻ろうじゃないか。こんな所に長居する事はない。」
スペアがロボットから飛び降りたのを見守って、パドが大声で言うと、ナット達は黙ってうなずいて歩き出した彼に従った。スペアが一番後ろから、のろのろと続く。そっと振り返ると、ロボット達は発着場の光を背に、黒々と彫像のように立ち並んでいた。
次回更新は2月中旬の予定です。




