宇宙工場サブファイロット 03章 誤作動の再発3
翌日、パドがぼさぼさ頭をかきながら、あくびまじりに展望ルームへ入ると、そこにはもう、ナットとボルトの姿があった。昨日、遅くまで起きていたスペアはまだらしい。二人は料理担当のスペアがいないので、食料庫から適当に食べられそうなものを持ってきて、それぞれかじっているところだった。
「よう、おはようさん。早いなお前たち。」
「おはようパド。」
「おはよう。あんた、その服しわしわすぎないか。」
パドは、のっそりと二人に近づいた。今日の彼は、いつものパイロットスーツではなくよれよれの部屋着を着て、腰からは例のライフルを下げていた。確かにボルトの言うとおり、全体がしわくちゃでひどい。
「着替えが底をついてるんでね。ま、これでも、」
と言いながらパドは袖を鼻に近づけたが、思わず顔をしかめて顔をそむけて、
「ま、これでもましな方さ。」
ナットが席を立ちながら言った。
「何か着替えを持ってきてあげるよ。早く言ってくれたらよかったのに。」
「悪いな、ナット。」
パドはナットを見送ると、ボルトのかじっているものに目を移した。
「それが、お前の朝飯かい? ボルト。」
ボルトは定位置の椅子に座って、ぼりぼりそれを噛んでいる。いつもの無愛想な様子で相手を見上げると、
「スペアがまだだからな。今日はこれを試してる。あんたも食べる?」
パドは両手をひろげた。
「たくわんは嫌いじゃないがね。それだけで食べたいとはあまり思わんな。そいつは、ご飯と一緒に食べるとうまいんだぜ。」
隣の椅子を引いて、腰かけながら彼は言った。ボルトはその手の、フォークで突き刺した黄色く長いたくわん(彼女は、当然それを切ったりはしていなかった。一本丸々だった)を一度見たが、またぼりぼりとそれをかじると、
「ご飯って知らないな。それにたぶん、食料庫になかったと思うけど。」
「米はあるんだろう? そんなもん一本まるかじりしたら、あとで喉が渇いてとまらなくなるぞ、そのへんでやめとけ。」
「確かにちょっと味が強いな。」
彼女はかじるのをやめ、たくわんを乱暴に皿に置いた。展望ルームのすみの給水機に近づき、かたわらの花瓶に水を注いでぐびぐびと飲む。ふと、ナットの席に置かれていた食べかけの朝食に目をつけて、
「じゃ、こっちをもらおう。」
仕方なく、パドはまた口を挟んだ。
「たくわんの次は丸ごとサラミかい。体を壊すぞ。」
ボルトは一口かじって、嫌そうにそれを置くと、
「こっちはあまりうまくないな。早くスペアが起きてくれるといいんだけど。」
そして、諦めたように窓に歩み寄った。大窓の下には、変わらぬ宇宙ステーションの景色が広がっている。そこへ、ナットが服をいっぱい抱えて戻ってきた。
「こんなのでどう? 好きなのを選んでよ。」
「おう、助かるな。こんな服、お前のじゃないんだろう?」
元気よく、どさりと丸テーブルの上に置かれた服を見ながら、パドが尋ねる。
「うん、そこの第7予備室から、適当にパドの体に合いそうなのを選んで持ってきたんだ。これは製造室の予備だね。こっちは設計室、これは修理室のだ。」
ナットは色とりどりの服を楽しそうに取り上げた。パドは、ナットの着ている作業スーツを見やって、
「なるほどね、この飾りが、修理室のしるしなんだな?」
今日のナットは、修理室の上着を羽織っている。彼は、自分の服についている飾りをちょっと自慢そうにつまみあげて、
「そうそう、修理室の服はバリエーションがたくさんあって、どれを着ててもいいんだけど、全部どこかにこれがついてるんだ。」
「これは、昨日お前が着ていたのに似てるか?」
パドが別の、だっぷりとした作業スーツを取りあげる。
「そう、それは製造室の。製造室も服はいっぱいあるけど、その緑色のふちどりが一緒。僕は製造室と修理室にも所属してたから、どっちも着放題だったの。」
「なるほどな。こっちの光る青いのは、スペアとお揃いだな。」
「うん、設計室はみんなその上着。ちょっと丈が短いよね。」
ナットは服にはちょっとうるさいのだった。パドは気づかなかったが、無造作に持ってきたように見えるこの服も、実は彼がさりげなく選び抜いてきたものだったのである。
「これはまた変わってるな。」
パドは、風変わりな生地を珍しそうにつまみあげた。
「それは、調整室の男のやつのだ。測定値に影響が出たらいけないから、特殊な生地で出来てる。」
水を飲みながら、ボルトが答えた。ちなみにボルトは、その独特の生地の調整室のスーツをいつも着ている。彼女は検品室にも所属していたが、そちらの灰色の服はあまり気に入っていないらしく、ロボットが暴れた後は一度も着ていない。ナットが自分の所属する製造室と、修理室の作業スーツを代わる代わる着て楽しんでいるのとは対照的である。なお、スペアも設計室の青いスーツを着たきり雀だ。
パドは、服の山をまるごと抱え、ナットに礼を言って自分の部屋に戻っていった。すれ違いに、スペアが部屋に入ってきた。
「おはよー。今日は遅かったね。」
ナットが明るく声をかけ、「目の下くまになってるぞ。」ボルトも言う。スペアは軽く目をこすりながら、「そうか?」と言って、
「体調はどうだ? ボルト。」
と二人に近づいた。するとボルトは難しい顔になって、スペアを見た。スペアが心配そうに見つめると、
「たく・・・、わく・・・を食べ過ぎた。喉がかわく。それにサラミがまずかった。それぐらいだな。もう何ともないよ。」
「それはよかった。たく、わく? まあいいや。何かご飯を作ろう。」
「待ってました。」
嬉しそうにナットが手を叩く。ナットにしても、ボルトにしても、ロボット制作以外にはほとんど何も出来ないし、料理などはもっての他なのだった。
スペアは展望ルームに置きっぱなしにしてある、愛用のデータブックを手に取ると、部屋を出ていった。しばらくすると、調理室に使っている展望ルームの隣の小部屋から、甘い匂いが立ちのぼり始める。こざっぱりとしたシンプルなデザインのシャツとズボンに着替えたパドが、廊下から、甘い香りのするその小部屋をのぞきこんだ。
「ようスペア、朝食作ってるのか。」
「うん。あれ、おっさん。その服。」
「ああ、さっきナットが持ってきてくれたんだ。似合うか?」
「まあまあだな。」
スペアが笑って答えると、パドもにやりと笑ったが、ふと、気がかりそうにスペアの手元をのぞいて、
「ところで・・・、何を作ってるんだ。それは。」
「これか? ええっと、待ってくれよおっさん。ええと、ロールケーキ。」
何気なく答えたスペアにパドは言葉を失い、長い間黙っていたが、やっと「米はどこだ。」とぽつりと言った。
次回更新は翌日12:00の予定です。




