宇宙工場サブファイロット 03章 誤作動の再発2
宇宙ステーションでは、すべてが人工的に管理されている。が、人間の生体リズムに合わせて、一応、昼と夜とが分けられている。夜には多くの照明が消え、不要な装置が止まり、ステーションは静かになる。
「よう、まだ起きているのか?」
「おっさん。そこでいったい何してるんだ?」
自室として使っている会議控え室の奥で、ひとりパネルデスクに向かっていたスペアは、驚いて椅子を回転させた。
もともと、スペアたちは居住エリアに自室を持っていた。しかし、スペア、ナット、ボルトの部屋は、それぞれがかなり離れており、三人が残った今は不便なので、連続した部屋のあるここ、会議控え室を個室として使っていたのである。
この控え室はそれなりに広く設備も揃っており、三人が居間代わりに使っている展望ルームにも、リーダー・ロボットを集めて行うステーション会議を開く中央会議室にも、ほどよく近く好都合だった。ちなみに、連続した三つの部屋の、3ー1Aにはスペアが、1Bにはナット、1Cにはボルトが入っている。そして、移動チューブ帯を挟んで3ー1D以下の部屋がその先にあり、パドの部屋は3ー1Dだった。
パドは、のんびりとスペアに近づくと、
「なあに、水を飲もうと思って部屋から出たら、明かりが見えたんでな。でも、もうずいぶん遅いだろ。ナットとボルトは寝ているようだぞ。」
ボルトはステーションに着くとすぐにメディカルセンターに運ばれたが、特に異常はなく、彼女の部屋に戻っていたのだった。
「水だったら、おっさんの部屋でも出たのに。」
「そうなのか? まあ、最新の設備は俺にはよく分からないんでね。それにしても、こんな時間まで何をやってる。」
そう言ってパドは、スペアの肩越しにパネルデスクをのぞきこんだ。当惑しながら、スペアもパネルデスクに向き直る。そこには細かい文字と様々な図形が、光る線で描かれて映し出されていた。
「今日曳航線が取得した、データを解析してたんだ。ロボットの動きとか、人工衛星の映像なんかを。」
早口で説明して、明らかに出ていって欲しいそぶりをスペアは見せたが、パドはゆったりと構え、その様子に気がつかないようだった。興味深そうにパネルをのぞくと、
「ふーん。そんなもんを取っていたとは知らなかった。便利なもんだな。」
そう言うと、スペアを振り返った。優しい目になりふっと笑うと、
「だがなあ、焦ってみたってしょうがない。お前がロボットに追い回されてショックだったのは分かるが――。俺が思うに、事はそう簡単じゃないと思うぜ。ま、長丁場を覚悟するんだな。」
励ますようにぽんと肩を叩く。スペアは黙っていた。
「まあ、今日はいろんな事があったからなあ。いろいろ考えちまうのも無理はない。でも、ボルトにしろ俺たちにしろ、無事だったんだ。まずは、良かったって思わないとな。」
スペアは不意に顔をゆがめて、訴えるような視線をパドに向けた。パドは、すこし遠くを見るような目になり、
「宇宙に出れば、いろんな事があるもんさ。それこそ限られたステーションで毎日同じ事をやっているのとは訳が違う。今日はロボットに襲われたが、宇宙船が壊れる事もあるし、地図にない星の重力に巻き込まれそうになることもある。磁気嵐にあったり、星域不法侵入で警護艇に追われることもある。危険は、つきものなんだ。どこへ行っても、何をするにしてもな。でも、それを恐れて閉じこもっていたら、いつまでも何も出来ず、何も知らないままだ。そっちの方が、もしかしたらよっぽど困った事かもしれないんだぜ。」
「でもその危険は、俺が設計したロボットが起こしたんだ。ボルトは衝撃砲で撃たれたかもしれないし、ナットも俺も、おっさんが助けてくれなかったらビームで撃たれてたかもしれない。それは全部、俺がやったことの結果――俺の責任なんだ。」
感情的に叫んだスペアの両肩を、パドはしっかりつかむと、
「それは違う。勘違いするなよスペア。ロボットが俺たちを襲ったのは、お前のせいじゃない、そう命令した奴がいたからなんだ。」
「命令した・・・」
「そうさ。お前の責任じゃない。いくら戦闘ロボットを設計したところで、それに攻撃するよう命令する者がいなかったら、ロボットなんざただの金属の塊だ。そのくらい、お前にも分かるだろう。」
「おっさん、おっさんは、俺をかばおうとしてそう言ってくれてるんだろ。だけど、もし、俺がもっといろんな事を考えていたら、もっと考えなきゃいけなかった事を考えていたら、ボルトもナットもおっさんも、こんな危険な目に遭わなかったはずなんだ。」
「やれやれ、まいったね。」
パドは呆れたように言って手を離した。その声の調子に、スペアは戸惑って相手を見上げる。パドは目を細めて、
「ずいぶん自分を買いかぶるじゃないか、スペア。あのな、お前一人がそれを考えていたところで、宇宙中どこにいるか分からんロボットがみんな、お前一人の力でどうこう出来たって、本気で思ってるのか?」
スペアは言葉に詰まった。確かに彼は設計室の若手のホープで、最新型のほぼすべてのロボットの設計に携わっていた。とはいえ、彼が一人ですべてを設計している訳ではもちろんない。どのロボットにしても作業は分担されていたから、スペアが設計したのはロボットの一部だけだった。まして、その行動プログラムの基本部分は触ることはなかったし、応用部分にしても、彼が自由に判断して作った訳ではない。与えられた仕様に従って、その通り動くようプログラムを作るのが彼の仕事だったのだ。
混乱して黙ったスペアの肩を、パドが再び、やや乱暴にぽーんと叩いた。
「分かったな。お前さんはまだまだ、ガキだってことさ。」
「ガキじゃないったら。」
パドはふっと微笑み、
「分かった分かった。じゃ、俺はもう眠いから寝るぜ。お前も解析なんざ明日にして、早く寝ろよ。」
ドアに向かって歩きながら、片手を振りつつ出て行きかけたパドの背中に、スペアは思わず椅子から立ち上がり「おっさん」と呼びかけていた。
「なんだい。」
「・・・なんでもない。ありがとう、おっさん。」
パドは再び軽く微笑むと、部屋を出ていった。彼が去った後も、スペアはしばらくぼうっと椅子に座り込んでいたが、やがて手を伸ばしパネルデスクの電源を落とすと、ベッドへ倒れ込んだ。
照明を消し、窓の外に目をやると、星空が一斉に明るく輝き出したようだった。赤い星雲の帯はずっと長く、はるか遠くへと続いている。スペアはすぐに眠りに落ちていった。
次回更新は翌日12:00の予定です。




