宇宙工場サブファイロット 02章 データ人工衛星4
「スペアはどうした?」
「部屋で寝てる。――たぶんね。大丈夫だよ。夕ご飯の頃には元気になってるよ。」
展望ルームに入ってきたナットが答える。一番奥の丸テーブルで、パドの宇宙地図を見ていたボルトがうなずき、入口付近のテーブルに陣取っていたパドは、ぽりぽりと頭をかいた。
「そうか。落ち込ませるつもりはなかったんだがな。悪い事をしちまった。」
ボルトが顔を上げて、
「別にあんたのせいじゃない。どっちかっていったら、私たちのせいだろ。」
そう言って地図に見入るふりをして、視線を落とした。ナットはパドの隣の椅子に座ると、ため息をつき、
「だけど、これから宇宙中のロボットのプログラムを変える事は出来ないし。僕ら、ほんとにどうしたらいいんだろうね。」
そして、近くのテーブルの上に残っていた、乾いたぼたもちを力なく口に運んだ。しばらく、そのまま部屋には沈黙が続いていたが、ボルトがぽつりと言った。
「設計室はロボット行動の設計もやるからな。スペアは特に責任感じるんだろう。あんな風に泣くのを始めて見た。」
「僕も。」
ナットが小さな声で続ける。ボルトはナットを見て、
「違うんだナット。あんな風って言ったのは、スペアが泣いてたって事じゃなくて――。何て言ったらいいんだ? つまり、誰にせよ誰かに頭をくっつけて、泣いたりするっていう、そういうのを始めて見たって事なんだ。」
「ああ・・・。」
「そうか、お前たち、親ともろくに過ごしてないうえに、年上だの年下だのもないんだったな。辛くても誰かにすがって泣く事もできないってわけか。ここでは。」
パドが言うと、
「すがって、か。そういう風に言うのか。」
ぼんやりとボルトはつぶやいて、
「誰かにすがったところで、ロボットが出来上がるわけでも直るわけでもない。馬鹿馬鹿しいし、呆れられる。でも、スペアはあんたの事好きらしい。じゃなかったらあんな事しない。」
ぼそっと言い、また地図に向き直った。すると、ナットがもじもじとしながら、
「でも僕も、きのうスペアにすがって泣いちゃったよ。」
ボルトがびっくりして顔を上げる。そして部屋はまた、しんと静まり返ってしまった。しばらくして、パドのぼりぼりと頭をかく音が静寂を破った。
「まったく、とんでもない所だよ、ここは。お前たちには災難だったかも知れないが、誤作動が起こっていてくれてほんとに助かったってもんだぜ。じゃなかったら、今頃俺は皆殺しにしてたかもしれないんだからなあ。ほんと、お前たちの事まで殺していたかもしれないと思うと、ぞっとするよ。」
「ほんと。僕もパドに殺されてなくって、よかった。パドにも会えなかった訳だし。」
ナットが明るく言った。
「プログラムバグも、悪いことばかりじゃなかったのかもね。」
「そうだな、バグさまさまってところか。」
パドはナットにちょっとウィンクしてみせた。そんな楽しげなふたりの様子を、離れたテーブルで肘をついて見ていたボルトが、口を開いた。
「あんた、私たちを皆殺しにするつもりなんて、そんなになかったんじゃないのか? というより、ここに本当に着けるかどうか、あまり気にしていなかったんだろう。」
「何だって?」
パドが驚いて振り向くと、ボルトは目を合わせずに地図を操作しながら、
「修理する金もなかったかもしれないが、それにしたって、本気でやるつもりだったら、ここに来る前のステーションで働いて船を直すなり借りるなり、強奪するなりできただろ。やばいと分かっていて、それでもあんな船で航海したりして、あんた、皆殺しをするより、もしかしてこのまま船が爆発して、それで仲間の後を追うのも悪くないとか何とか、そんな事でも考えていたんじゃないのか。」
ナットがびっくりしたようにパドを見上げる。パドは立ち上がると、ゆっくり大股でボルトの方へ歩み寄った。
そして、彼女がもてあそんでいた地図のパネルのスイッチを押すと、電源を落としてしまった。
「見てたのに。」
不機嫌そうに言うボルトに、パドは穏やかな声で、
「お前さんはずいぶんと想像力が豊かなようだが、そのわりに、礼儀は心得てないようだな。ま、勝手な想像をするのはかまわんが、せめて相手の目ぐらい見て、話をしてもらいたいもんだね。」
ボルトは黙ってパドを見上げ、その呼吸や鼓動音を聞き取っていたが、やがてふーっと息を吐くと、首を振って、
「図星なんだ。あんた、本当に変わってるね。私たちの事言えないよ。ナット、私中央データルームに行って来る。」
立ち上がったボルトの前に、両手をポケットに突っ込んだ大男が立ちふさがっていた。
「おいおい、面白い話の途中なのに、逃げるのかい?」
「面白くないな。あんたをそんな風に追いこんだのは、私たちと、私たちの造ったロボットなんだ。」
つまらなそうに言うと、長い髪をうっとおしそうにかき上げて、
「あのさ、そのうち、話してくれるんだろ。いろいろ。私たちの造ったロボットが、あんたを見殺しにする話だけじゃなくて、積極的にあんたの仲間を殺す話とか。スペアの事だって、気にする事じゃないだろ、あんたがさ。」
そして彼の横をすり抜けるようにして、ボルトは部屋を出ていってしまった。あっけにとられてその背中を見送るパドに、ナットがそっと寄りそうように立ち、静かに言う。
「ボルトも、あなたの事好きなんだね。ボルトがあんな風に話すのも、始めて聞いた。たぶんボルトも責任感じてるんだ。――僕もだけど。」
「まったく・・・。ロボットが俺のステーションを襲う前に、お前たちと会いたかったもんだ・・・。」
パドはナットの肩に軽く手を乗せると、長く息を吐いた。
次回更新は2026/1/6(12:00)の予定です。




