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── 第8話─揺らぎを見る者──

毎日19時に更新しています。

今回は、村に再び“旅の薬師”が戻ってくる回。

レンの力を見抜こうとする彼の視線が、静かに物語を動かし始めます。


それでは本編をどうぞ。


 旅の薬師が村へ寄ってから、少し時間が過ぎた。


 魔力麦のざわつきが収まったあの日以来、村の空気は前より柔らかくなった気がする。まだ俺を警戒する視線は残っているものの、その色は少しずつ薄れていた。


 リナと一緒に市場で買い物をしていると――


「おっと、また会ったな」


 ひょい、と影が差し込んだ。


 振り向けば、旅の薬師がいつもの軽い笑みを浮かべて立っていた。


「よう、少年。火のほうも麦のほうも、調子はどうだ?」


「……別に、変わりはないです」


 なんとなく緊張してしまう。

 でもリナは「また来たんだ!」と嬉しそうに目を輝かせた。


「今日はね、前とは違うものを試したくてな」


 薬師は布袋から、小さな水晶球と金属製の風鈴、そして薄い粉の入った小瓶を取り出した。


「魔力の流れが視える道具だ。ここらじゃまず見ないだろうが」



「まずは、こいつだ」


 薬師が水晶球を地面に置く。内部にはうっすら青い揺らぎ。


「自然魔力が強い場所では濁る。逆に整えば澄む。触ってみろ」


 村の子が触れると、揺らぎが小さくざわついた。


 次に俺が手を伸ばした瞬間――


 す……と、水晶球の中の揺らぎが静まり、透き通っていく。


「……え?」


 リナが思わず声をあげる。


「やっぱりな」


 薬師は腕を組んでうなずいた。


「魔力を“奪っている”んじゃない。乱れた流れを、整えているんだ」


 次に取り出したのは風鈴。


「こっちは音でわかる。ほら」


 薬師が揺らすと、ちりん、と細い音が鳴る。


 俺が近づくと――その音が、かすかに弱まった。


 風が止んだわけではない。

 ただ音が“落ち着いた”ように変わっていく。


「……すげぇな」


「本当に静まってる」


 市場にいた大人たちの声が、驚きと混じる。



「最後は、魔力砂だ」


 薬師が紙に粉を撒く。粉は生き物のようにざわつき、方向を定めず揺れている。


「この砂は周囲の魔力に反応する。乱れた流れの“形”が視えるんだ」


 俺が近づく。


 ざわざわ……と揺れていた粉が、徐々に、徐々に……


 しん、と静まった。


 紙の上には、一本の細い“流れ”の跡だけが残った。


「こ、これ……」


「見事だな」


 薬師は目を細める。


「少年、これは“同調”の中でもかなり珍しい型だ。暴走魔力、自然魔力、道具の魔力……対象を選ばず整える体質。単純な吸収では絶対に起きん」


 リナは嬉しそうに俺を見る。


「やっぱりレンってすごいよ。ね?」


「……すごくはない。俺は何もしてないし」


「ううん。レンだからできるんだよ」



 その時、近くの農家のおじさんが恐る恐る声をかけてきた。


「なあ、レン……あれ、本当にお前がやったのか?」


「えっと……たぶん」


「そ、そうか……」


 まだ完全には信用されていない。

 けれど――今までのような露骨な拒絶はもうなかった。


「助かったよ、薬師さん。あんたも。これで魔力麦の収穫も安心だ」


「いや、主役はこの少年だよ」


「い、いや……俺は……」


 どう返していいか分からず、視線を落とした。



 人が引いたあと、薬師は俺の肩に軽く触れた。


「レン、といったな。君の力は、この村の中だけじゃ収まらん」


「……どういう意味ですか?」


「今はまだ言わんでいい。ただ――“もっと先”の話だ」


 ふっと意味深に笑う。


 リナが不安そうに俺を見る。


 薬師は荷物をまとめると、ひらりと手を振った。


「さて、今日はここまで。次に来るときは、もっといい道具を持ってこよう」


 そう言って、軽い足取りで村外れへ歩いていく。



 夕陽の中で、その背中をぼんやり見送っていると――


「レン……」


 リナがぽつりと言う。


「なんか……村を出ちゃう日が来そうだね」


「まだ決まったわけじゃないよ」


「うん。わかってる。でも……そんな気がしただけ」


 リナの声は少し寂しげだった。


 胸の奥がきゅっと締めつけられる。



 一方そのころ、村を離れた道を歩く薬師は小さく呟いた。


「同調――いや、それ以上かもしれん。……さて、どう扱うか」


 風が薬師の外套を揺らす。


「まったく、面白い少年だよ。上に知らせるかどうか、迷うところだな」


 誰に語りかけたとも知れぬ言葉を吐き、薬師は静かに村から離れていった。


 レンがまだ知らない世界が、音もなく動き始めていた。


お読みいただきありがとうございました。

少しずつですが、レンの“力の正体”に迫る気配が出てきました。

次回も19時更新です。

村の日常がどう変わっていくのか、見守っていただけたら嬉しいです。

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