── 第8話─揺らぎを見る者──
毎日19時に更新しています。
今回は、村に再び“旅の薬師”が戻ってくる回。
レンの力を見抜こうとする彼の視線が、静かに物語を動かし始めます。
それでは本編をどうぞ。
旅の薬師が村へ寄ってから、少し時間が過ぎた。
魔力麦のざわつきが収まったあの日以来、村の空気は前より柔らかくなった気がする。まだ俺を警戒する視線は残っているものの、その色は少しずつ薄れていた。
リナと一緒に市場で買い物をしていると――
「おっと、また会ったな」
ひょい、と影が差し込んだ。
振り向けば、旅の薬師がいつもの軽い笑みを浮かべて立っていた。
「よう、少年。火のほうも麦のほうも、調子はどうだ?」
「……別に、変わりはないです」
なんとなく緊張してしまう。
でもリナは「また来たんだ!」と嬉しそうに目を輝かせた。
「今日はね、前とは違うものを試したくてな」
薬師は布袋から、小さな水晶球と金属製の風鈴、そして薄い粉の入った小瓶を取り出した。
「魔力の流れが視える道具だ。ここらじゃまず見ないだろうが」
◆
「まずは、こいつだ」
薬師が水晶球を地面に置く。内部にはうっすら青い揺らぎ。
「自然魔力が強い場所では濁る。逆に整えば澄む。触ってみろ」
村の子が触れると、揺らぎが小さくざわついた。
次に俺が手を伸ばした瞬間――
す……と、水晶球の中の揺らぎが静まり、透き通っていく。
「……え?」
リナが思わず声をあげる。
「やっぱりな」
薬師は腕を組んでうなずいた。
「魔力を“奪っている”んじゃない。乱れた流れを、整えているんだ」
次に取り出したのは風鈴。
「こっちは音でわかる。ほら」
薬師が揺らすと、ちりん、と細い音が鳴る。
俺が近づくと――その音が、かすかに弱まった。
風が止んだわけではない。
ただ音が“落ち着いた”ように変わっていく。
「……すげぇな」
「本当に静まってる」
市場にいた大人たちの声が、驚きと混じる。
◆
「最後は、魔力砂だ」
薬師が紙に粉を撒く。粉は生き物のようにざわつき、方向を定めず揺れている。
「この砂は周囲の魔力に反応する。乱れた流れの“形”が視えるんだ」
俺が近づく。
ざわざわ……と揺れていた粉が、徐々に、徐々に……
しん、と静まった。
紙の上には、一本の細い“流れ”の跡だけが残った。
「こ、これ……」
「見事だな」
薬師は目を細める。
「少年、これは“同調”の中でもかなり珍しい型だ。暴走魔力、自然魔力、道具の魔力……対象を選ばず整える体質。単純な吸収では絶対に起きん」
リナは嬉しそうに俺を見る。
「やっぱりレンってすごいよ。ね?」
「……すごくはない。俺は何もしてないし」
「ううん。レンだからできるんだよ」
◆
その時、近くの農家のおじさんが恐る恐る声をかけてきた。
「なあ、レン……あれ、本当にお前がやったのか?」
「えっと……たぶん」
「そ、そうか……」
まだ完全には信用されていない。
けれど――今までのような露骨な拒絶はもうなかった。
「助かったよ、薬師さん。あんたも。これで魔力麦の収穫も安心だ」
「いや、主役はこの少年だよ」
「い、いや……俺は……」
どう返していいか分からず、視線を落とした。
◆
人が引いたあと、薬師は俺の肩に軽く触れた。
「レン、といったな。君の力は、この村の中だけじゃ収まらん」
「……どういう意味ですか?」
「今はまだ言わんでいい。ただ――“もっと先”の話だ」
ふっと意味深に笑う。
リナが不安そうに俺を見る。
薬師は荷物をまとめると、ひらりと手を振った。
「さて、今日はここまで。次に来るときは、もっといい道具を持ってこよう」
そう言って、軽い足取りで村外れへ歩いていく。
◆
夕陽の中で、その背中をぼんやり見送っていると――
「レン……」
リナがぽつりと言う。
「なんか……村を出ちゃう日が来そうだね」
「まだ決まったわけじゃないよ」
「うん。わかってる。でも……そんな気がしただけ」
リナの声は少し寂しげだった。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
◆
一方そのころ、村を離れた道を歩く薬師は小さく呟いた。
「同調――いや、それ以上かもしれん。……さて、どう扱うか」
風が薬師の外套を揺らす。
「まったく、面白い少年だよ。上に知らせるかどうか、迷うところだな」
誰に語りかけたとも知れぬ言葉を吐き、薬師は静かに村から離れていった。
レンがまだ知らない世界が、音もなく動き始めていた。
お読みいただきありがとうございました。
少しずつですが、レンの“力の正体”に迫る気配が出てきました。
次回も19時更新です。
村の日常がどう変わっていくのか、見守っていただけたら嬉しいです。




