── 第68話─塔の上の空白──
昼休み前。
中庭は、いつも通りだった。
笑い声。 噴水の水音。 魔力の練習の光。
そのとき――
塔の上の影が、消えた。
崩れた音はない。 爆発もない。 煙も出ていない。
ただ、上部が“空になっている”。
「……え?」
誰かが呟く。
数秒遅れて、ざわめきが広がった。
「制御装置が消えてる!」 「結界の柱だぞ、あれ!」
教師たちが走る。
空が、ゆがんだ。
塔の上に、薄い亀裂のような揺らぎが広がる。
空気が重くなる。
レンは、ぞっとした。
壊されたんじゃない。
“消された”。
しかも、無理やりじゃない。
壊されたんじゃない。
“消された”。
無理やり削った跡がない。
ただ、 そこにあるはずの部分だけが、 成立しなくなっている。
セイルが低く言う。
「……お前と同じだ」
レンの喉が乾く。
自分の力は、 当たるはずの一撃を、 当たらない形に変える。
結果を変える。
けど、今起きているのは、それよりずっと大きい。
塔という“物そのもの”を、 成立しない形に変えた。
だから、 崩れもせず、 音もなく、 そこだけが空白になっている。
だから、上部が存在できなくなった。
レンは裂け目を見る。
そして、理解してしまう。
どこを押せば、 あれが起きるか。
それが、見えてしまう。
「……俺じゃない」
「分かってる」 セイルは即答する。
「でも、同じ種類だ」
裂け目が広がる。
このままいけば、 塔だけじゃない。
結界がゆるむ。 学園全体が不安定になる。
レンは目を閉じた。
止めるんじゃない。 消すんじゃない。
流れを見る。
塔を消している力は、 一点から広がっている。
そこだけ、 進み方が速すぎる。
「……あそこか」
レンは空を見上げる。
やるなら、ここだ。
消さない。
向きを変える。
裂け目の“広がる方向”に、 ほんの少しだけズレを与える。
次の瞬間。
空の歪みが、横に流れた。
上に広がらない。
止まる。
揺れが、収まる。
数秒の静寂。
「拡大止まった!」 教師の声。
白外套の男がレンを見る。
何も言わない。 でも分かっている目。
レンは膝が震えていることに気づいた。
塔の歪みは、それ以上広がらなかった。
教師たちが動き出し、ざわめきは次第に落ち着いていく。
生活は、何事もなかったみたいに戻ろうとしていた。
レンは空を見たまま、息を吐く。
今のは、反射じゃない。
ちゃんと、自分で選んだ。
広がる向きを、少し変えただけ。
それだけで止まった。
――逆に、押していたら?
そこまで考えて、やめた。
「……やめとこ」
小さく呟く。
セイルが横で言う。
「考えられるうちは、まだ平気だ」
レンは視線を下ろす。
怖い、というほどじゃない。
でも。
自分の手の中にあるものの大きさは、
少しだけ分かった。
今回も読んでいただきありがとうございます。
塔の上にぽっかり空いた空白。
レンが“選んで”動いた初めての瞬間でした。
ここから少しずつ、物語も動いていきます。
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仕事で更新遅くなってすみません。
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