── 第63話─止めるのではなく、外す──
講義室は小さかった。
黒板と机。壁際の棚。床には、薄い円が描かれている。魔法陣というより、目印に近い。
案内役の女性が、円の外側に立った。
レンは円の中。
初老の教師は椅子に座り、白外套の男は壁にもたれて見ている。
「今日はね、レン」 初老の教師が言った。 「“止める”と“外す”の違いを見ます」
レンは眉を寄せた。
「違い、あります?」
「あります」
白外套の男が短く答えた。
「君は今まで、“止める”が強すぎる。だから周りが巻き込まれる」
案内役の女性が、手のひらを上に向ける。
指先に、小さな光が生まれた。火でも雷でもない。
授業用の、弱い魔力球だ。
「これは危険じゃありません。痛くもありません」
女性はレンの目を見る。
「当てます。避けなくていいです。……逃げない練習です」
レンは小さく頷いた。
光が飛ぶ。
遅い。まっすぐ。
頬に当たりそうな速度。
――レンの身体が、勝手に“止めよう”とした。
次の瞬間、光がふっと薄くなって消えた。
消えた、というより、最後の一歩が無かった。
部屋の流れが、わずかに詰まった。
次の呼吸が来る前に、空白が挟まる。
案内役の女性が、手を止めた。
「今のが“止める”です」
初老の教師は、床の円を軽く杖で叩いた。
「彼女の魔力は、途中で存在ごと消えた。当たる前でも、外れる前でもない」
教師は、部屋を一度ぐるりと見回す。
「行動が途中で断ち切られると、その余波が残ります。今、空気が少し重く感じたでしょう」
レンは息を吸って、初めて気づいた。
さっきより、呼吸がわずかに詰まる。
「……感じます」
「それが“止めた”影響です。魔力だけでなく、場の流れも一緒に切ってしまう」
レンは視線を落とす。
「……俺、今、何かしました?」
「した自覚がないのが問題ではない」
白外套の男が淡々と言った。
「“反射”のように発動しているのが問題だ」
レンは息を吐いた。
たしかに、勝手に出て、勝手に消えた。
「次は、“止めない”」
初老の教師が言った。
「消さない。そのかわり――当たり方だけ変える」
レンは口を開く。
「当たり方だけ?」
「例えば」
初老の教師が指を二本立てた。
「例えば、こうです」
初老の教師は、指でレンの頬の横をなぞるように示した。
「本来なら、ここに当たるはずだった」
「でも君は、“当たった後に起きること”を成立させていない」
教師は、空中で小さな線を引く。
「当たる」
「驚く」
「体が反応する」
「場が動く」
一本ずつ、指で折っていく。
「この二つ目以降だけが、君の近くで繋がらない」
レンは息を呑んだ。
「……だから、当たる直前で、進路がずれる?」
「そうです」
教師は頷く。
「行動は残る。結果の“続き”だけが成立しない」
「それを、我々は“外す”と呼びます」
言っていることは分かる。
でも、やり方が分からない。
案内役の女性が、もう一度光を作る。
「レン。合図を決めましょう」
女性は静かに言った。
「“消すな”って思った瞬間、あなたは消します。だから逆です。消すな、じゃなくて――“当たってもいい”を先に置いてください」
「当たってもいい?」
「はい」
女性は頷く。
「“当たるのが嫌”が強いと、世界ごと止めます。だからまず許可を出す」
レンは戸惑った。
当たってもいい、なんて思えるか?
でも――思うしかない。
光が飛ぶ。
レンは腹の奥で、言葉にしないで決めた。
(当たってもいい)
頬に来る。
来る。
来る――
当たらない。
光は、頬のすぐ横を抜けて、壁に触れて消えた。
案内役の女性が、わずかに目を細める。
「今の、私の狙いは変えてません」
レンは自分の頬を触った。 冷や汗が遅れて出る。
「……外れた?」
「外れました」
初老の教師が言う。 「
消していない。行動は成立している。でも、“当たる一点”だけ成立していない」
白外套の男が一言落とす。
「これが“外す”だ」
レンは、もう一度だけ確認するように言った。
「でも俺、避けてない」
「避けさせる力ではない」
白外套の男が言う。
「君は、“結果”の方を外している」
レンは口を閉じた。
理解が追いつきそうで、追いつかない。
初老の教師が、床の円を指さした。
「レン。今のを解説します」
「①彼女は“当てる”という行動をした」
「②君はその行動を消していない」
「③でも、君の近くで“当たった後の流れ”が繋がらなかった」
レンの喉が乾いた。
当たった後の流れ。
痛い。
驚く。
一歩下がる。
周りが見る。
誰かが余計なことを言う――
その「次」が、成立していない。
だから、当たらない方に寄る。
「……俺、止めてないのか」
レンは小さく言った。
「“次”を作らせてない……?」
「そう」 初老の教師が頷く。
「君が消しているのは、行動ではなく“続き”です。だから言葉が折れた。殴ろうとして止まった。――全部同じ」
レンの背中に汗が浮く。
「じゃあ……外すってことは」
レンは、ゆっくり言う。
「続き全部を消すんじゃなくて、危ない続きだけ、薄くする……?」
初老の教師は少し笑った。
「その言い方、今の君に一番近い」
案内役の女性が、三回目の光を作る。
「次は少し速くします。レン。さっきの“当たってもいい”を忘れないで。でも“当たって壊れる未来”は、いらない」
レンは、心の中で二つに分ける。
(当たってもいい)
(でも、壊れるのはいらない)
光が飛ぶ。速い。
レンは怖くて、反射で消しかける。
でもギリギリで踏みとどまった。
結果は同じだった。
頬を掠めず、肩の布を軽く揺らして、壁に散った。
案内役の女性が、息を吐く。
「……今のなら、中庭でもやれます」
レンが顔を上げる。
「中庭?」
「人がいる場所で、同じことが起きるからです」
白外套の男が言う。
「君が“外す”を覚えると、事故を減らせる。止めるより、ずっと良い」
レンは言葉を失った。
止めると、人の選択肢を奪う。
外すと、人の行動は残る。
ただ、壊れる一点だけが起きにくい。
それが――助けになる。
レンは、床の円の中で手を握って開いた。
自分が何をやっているのか、輪郭が初めて見えた気がした。
「……俺、これを覚えたら」
レンは小さく言った。
「カイのことも、守れる?」
初老の教師はすぐ答えなかった。
一拍置いて、正直に言う。
「守れる可能性が上がります。ただし、君が“守ろうとしすぎる”と、また止めます」
「だから――守るより先に、外す」
レンは頷いた。
逃げない、と決めたのとは違う。
今度は、やり方がある。
案内役の女性が、静かに言う。
「明日。中庭で、短い実地をします。失敗しそうなら、私が“間”に入ります。一人にはしません」
レンは影を見る。
幼精霊は揺れていない。
それが、今は一番ありがたかった。
レンは、ゆっくり息を吐いた。
――止めるんじゃない。
――外す。
それが、初めて“助け”に繋がった日だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は少し説明が多めの回になりましたが、レンの力の輪郭がやっと見え始めました。
止めるのではなく、外す。
この違いが、これからの展開に効いてきます。
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