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✦ 『魂等級ゼロと嘲笑された俺は、異世界で規格外でした』  作者: maruhiro
【第4章 選ばされる側――学園という制度】
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── 第61話─殴れなかった理由──

中庭の端。

人は多いが、密集してはいない。

声は重なっているのに、ここだけ少し隙間があった。

カイは、最初から苛立っていた。

理由ははっきりしている。

昨日から、ずっとだ。

言葉が途中で切れる。

考えがまとまらない。

自分が自分じゃない感じがする。


「……でさ」

上級生が何か言っている。

内容はどうでもいい。

からかいだ。

分かっている。

いつものことだ。


「聞いてんの?」

一歩、距離が詰まる。

その瞬間、カイの中で張りつめていたものが鳴った。

――もういい。

拳が握られる。

肩が前に出る。

迷いはない。

殴る。

殴って終わらせる。

それでいい。

そう思った。

思った、はずだった。

拳が上がらない。

止められた感覚じゃない。

力が抜けたわけでもない。

ただ――

「殴る」という行為だけが、途中で宙に浮いた。


「……は?」

自分の腕を見る。

ちゃんと力は入っている。

でも、次が来ない。

怒りはある。

苛立ちも、嫌悪も、全部そのままだ。

なのに、

殴った後の光景だけが、頭から消えた。

殴ってどうなるか。

相手が倒れて、周りが騒いで、教師が来て――

そこまでの“流れ”が、つながらない。


「やるならやれよ」

上級生の声で、もう一度踏み込もうとする。

それでも同じところで止まる。

カイは歯を噛みしめた。

怖いのは相手じゃない。


自分の中で、苛立ちだけが空回りしていることだった。

そのとき、視界の端に影が入る。

レンだ。

助けに来た顔じゃない。

止めに来た顔でもない。

ただ、

何も変わらない顔で、そこに立っている。

その瞬間だった。

カイの中で、苛立ちの行き先がなくなった。

消えたんじゃない。

爆発できなくなった。

代わりに浮かんだのは、

「今、殴らない」という選択肢だった。

選ばされた感覚はない。

ただ、

それ以外が成立しなかった。


「……チッ」

上級生の方が先に興味を失って離れる。

カイは深く息を吐いた。

苛立ちは残っている。

でも、手は震えていなかった。


レンを見る。

「……今の」


カイは、そう言ってから言葉を探した。

喉まで何か来ているのに、言葉が続かない。


止められた、とは違う。

助けられた、と言うのも違う。


殴らなかった。

ただ、それだけのはずなのに――

胸の奥に残っていた、あの嫌なざらつきが、いつの間にか消えていた。


「……なんつーか」


拳を一度、強く握る。

今度は、ちゃんと動く。


殴ろうと思えば、殴れる。

でも――もう、殴る理由がない。


「さっきのまま行ってたらさ」


途中で言葉が切れた。

その先を言うと、何かが壊れる気がした。


レンを見る。

助けに来た顔でもない。

何かをした顔でもない。

ただ、いつも通り立っている。


それが逆に、効いた。


「……助かった」


小さく、でも誤魔化さずに言う。

冗談にも、軽口にもできない声だった。


理由は言わない。

説明も求めない。


カイは背を向けて歩き出す。

少しだけ肩の力が抜けたまま。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

少し遅い更新になってしまい、すみません。仕事の都合でした。

今回は、レンの力が「言葉」じゃなく

行動そのものに影響する場面を書いてみました。

ここから少しずつ、できること・できてしまうことが

変わっていきます。

よければブックマークや感想、励みになります。

次もなるべく間を空けずに更新します。

※毎日19時頃更新

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