── 第59話─混ざれなかった音──
中庭は、いつも通りだった。
人が多く、声が重なり、動きが絶えない。
見える距離に、案内役の女性がいた。会話には入らない。ただ、外れない。
「レン、午後さ――」
カイが声をかける。
いつもと同じ調子。何も構えない、軽い声。
「――」
続かない。
カイは口を開けたまま止まり、自分の喉を軽く叩いた。
「……あれ?」
困ったように笑う。
「なんか、どうでもよくなった」
「忘れただけだろ」
近くの学生が笑って、話は流れる。
誰も気にしていない。誰も責めていない。
それでも――何かが、ずれた。
すれ違うはずの足が、半歩だけ外れる。
立つ位置が、ひとつ空く。
人はいるのに、俺の周りだけ、近づかない。
「レン?」
カイがもう一度声をかける。今度は、少し距離を保ったまま。
「……何でもない」
本当だった。何も起きたわけじゃない。
ただ、続ける理由だけが、消えていく。
避けたからじゃない。人が多いからでもない。話題が軽いからでもない。
俺が、そこにいるだけで起きる。
足元を見る。幼精霊は、何も示さない。
止めない。促さない。ただ、そこにいる。
――もう、合図は要らない。
「……逃げても、同じだな」
小さく呟く。
なら、逃げない。
人の中に立ったまま、起きることを引き受ける。
それしかない。
「レン?」
カイが少しだけ不安そうに言う。
「大丈夫だ」
レンは、初めて即答した。
音は、何ひとつ変わらない。
でも俺だけ、そこに混ざれなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「何も起きていないのに、起きてしまう」場面でした。
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続きも、もう少しだけ進みます。
※毎日19時頃更新




