── 第58話─逃げない、という選択──
人が多い場所なら、大丈夫だと思った。
中庭は騒がしく、会話が重なっている。 誰の声も目立たない。
「レン、午後どうする?」
カイが軽く聞いてきた。
「図書棟行く?」
ただの予定の話だ。
「じゃ――」
カイの言葉が、そこで止まった。
「……あれ?」
自分の口を触って、首をかしげる。
「今、何言おうとしてたんだっけ」
数秒の沈黙。
誰かが別の話を始めた
会話はそのまま流れた。
でも、俺だけは分かった。
ここは人が多い。
距離も近くない。
話題も軽い。
――それでも、起きた。
「……避けても、同じか」
小さく呟く。
足元を見ても、何も起きていない。
止める合図もない。
助ける合図もない。
ただ、現実だけがある。
俺ははっきり理解した。
この力は、使うものじゃない。
抑えるものでもない。
起きることを前提に、どう振る舞うかを選ぶしかない。
「レン?」
カイが、何も知らない顔で言う。
「どうした?」
「……なんでもない」
今は、なんでもない。
だからこそ、目を逸らさないと決めた。
俺はその場に立ったまま、
初めて“逃げない”と決めた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
仕事の都合で更新が少し遅れてしまいました、すみません。
今回は静かな回ですが、
レンの中では一つ区切りになる話でした。
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また続きを更新しますので、
よければ引き続きお付き合いください。
※毎日19時頃更新




