── 第57話─止まらなかった会話──
午前の図書棟は、昼より静かだった。
人はいる。
でも、話し声がほとんどない。
紙をめくる音と、遠くの足音だけが残っている。
案内役の女性は、入口近くの椅子に座った。
本を開いているが、読んでいる様子はない。
こちらが見える位置。
会話に入らず、離れすぎない距離。
「ここ、落ち着くな」 カイが小さく言った。
「……静かだから」 俺はそれだけ答える。
「考え事する時、ここ来るんだ」
カイはそう言って、本棚に手を伸ばした。
幼精霊は揺れない。
警戒も、制止もない。
何も起きていない。
それが、昨日との一番の違いだった。
「なあ、レン」
カイが本を戻しながら言う。
「昨日のこと、覚えてる?」
俺は一瞬、足元を見る。
幼精霊は静かだ。
「……うん」
「昨日さ」 カイは少し考えるように間を置いた。 「話そうとすると、途中で止まっただろ」 「今日は、それがない」
胸の奥が、わずかに重くなる。
「普通に話せる」 カイは肩をすくめる。 「それだけなんだけどさ」
普通。
その言葉が、妙に引っかかる。
「昨日はな」 カイは続ける。 「途中で、線を引かれた感じがした、今は、それがない」
線。
俺は頷くだけにした。
「……今日は、大丈夫そうだ」
カイは一瞬だけ眉を上げて、周りを見回した。
椅子。机。離れた席。
それから、入口の方。
「……まあ」小さく笑う。
「そういう日もあるか」
深掘りしない。
でも、引き返さない。
その距離が、今はちょうどよかった。
俺は一冊、本を取って椅子に座る。
文字は半分しか読めない。
それでも、落ち着いてページをめくれる。
案内役の女性は、まだそこにいる。
視線は本に落ちている。
でも、空気は張っている。
――異常が起きないか、見ている。
守るためでも、止めるでもなく、
何も起きないのを、見届けていた。
幼精霊は、何も示さなかった。
それが、今の答えだった。
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