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✦ 『魂等級ゼロと嘲笑された俺は、異世界で規格外でした』  作者: maruhiro
【第4章 選ばされる側――学園という制度】
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── 第55話─口に出ない報告──


 カイが去ったあとも、中庭の音は変わらなかった。

噴水の水音。笑い声。石畳を叩く靴底。

全部、ちゃんと“生活”の音なのに――俺俺だけが、そう感じている気がした。


「……ごめん」

誰に向けた言葉か分からないまま、息だけが出た。

謝っても、戻らない。

謝る理由すら、言葉にならない。


影の中で幼精霊が揺れる。

強くはない。止めもしない。

ただ、落ち着かない揺れだった。

「戻るぞ」

セイルの声は短い。

命令じゃない。提案でもない。

“今はそれが妥当”という言い方だった。

居室区画へ向かう廊下は、昼の匂いがした。

さっきまでの外の風が、服の中に残っている。

そのまま扉の前まで来て――手を伸ばしかけた時。


「レン」

呼ばれた。

案内役の女性が、廊下の影から出てくる。

表情はいつも通り、落ち着いている。

でも歩みが少しだけ早い。

「少し、来てください。……すぐ終わります」

“すぐ”をわざわざ言う時は、だいたいすぐ終わらない。

そう思ったのに、口には出せなかった。

幼精霊が小さく揺れた。

止めない。行け、とも言わない。

ただ、硬い揺れ。

通されたのは談話室じゃない。

昨日と同じような部屋だけど、椅子が一つ多い。

扉が閉まると、空気が整った。

白外套の男が立っていた。

その隣に、初老の教師。

二人とも、こちらを“見張る”立ち方はしていない。

なのに、逃げ道が薄くなる。

「座っていい」

白外套の男が言う。

命令じゃないのに、拒否する理由が浮かばない。

俺は椅子に座り、セイルはいつもの距離で壁際に立つ。

初老の教師が、静かに口を開いた。

「今日、中庭で……学生の言葉が、続かなくなった」

胸の奥が、きゅっと縮む。

白外套の男は続ける。

「名前は伏せる。君の立場も、変えない。

 ただ、現場で起きたことだけは、こちらで受け取る」

その場で終わらせる気配ではなかった。


「俺が、何かしたって言いたいんですか」

声が思ったより硬くなった。

白外套の男は否定もしないし、決めつけもしない。

「君が“した”とは言わない。

 だが君の近くで、“起きる”」

その言い方が、いちばん逃げ場がなかった。

幼精霊が、影の中で小さく揺れる。

否定でも肯定でもない。

“今は耐えろ”みたいな揺れ。

初老の教師が、少しだけ柔らかい声で言った。

「君に責任を押しつけるつもりはありません。

 ただ、君の体感を聞きたい」

「……体感?」

「君が“止まった”瞬間に、何を感じたか。

 怖さでも、違和感でも、何でもいい」

俺は噴水の音を思い出す。

カイの、途中で折れた言葉。

笑ってごまかした顔。

“分かってる”と言った声。

「……止まりました」

それだけが、出た。


初老の教師は、すぐには頷かなかった。

一拍置いてから、静かに聞き返す。

「君の中で?」

「それとも、場の流れが?」

「……両方、だと思います」


白外套の男が、小さく息を吐いた。

それは苛立ちじゃない。

“やっぱりか”に近い。

「君が望まなくても、君の周囲で起きる。

 だから学園として、まず“事故”を避ける」

事故。

その言葉で、やっと理解した。

彼らは俺を裁きたいんじゃない。

誰かが怪我をする前に、やれることをやるだけだ。


「どうするんですか」

白外套の男は、答えを用意していた。

「しばらく、君が人と長く話す時は――

 同席を付ける。監視ではない。緩衝だ」

案内役の女性が、静かに頷く。

“私がやります”と言わなくても、そう見える。

俺は、喉が乾くのを感じた。

「それって、俺が……危ないってことですか」

初老の教師が首を振る。

「危ないのは君じゃない。

 君の周りに起きる“言葉の折れ”が、誰かを不安にする」

不安。

それは、カイの顔だった。

白外套の男が、少しだけ言葉を落とす。

「君がここで“居場所”を作るほど、影響は広がる」

セイルが、壁際で小さく笑った。

「言っただろ。厄介だって」

俺は視線を落とした。

居場所を作るな、とは言われていない。

でも――作れば作るほど、戻れなくなる。

「……カイには?」

俺がそう言うと、案内役の女性が即答した。

「こちらからは、何も言いません。

 本人が困って、相談に来たら、受け止めます」

学園のやり方だ。

決めつけない。広げない。

けれど、放置もしない。

扉の向こうで、遠く鐘が鳴った。


区切りの音。

なのに、今の俺には“始まり”の音に聞こえる。

「レン」

白外套の男が、最後に言う。

「君は、ここで“置かれない”。

 だが――君のままでいるには、やり方が要る」

やり方。

戦う力じゃない。

生き方の、やり方だ。

部屋を出た瞬間、廊下の空気が戻ってきた。

でも、さっきまでの廊下とは違う。

俺の足元に、一本、見えない線が引かれた感じがする。

影の中で幼精霊が揺れた。

前でも横でもない。

“もう一度、選べ”の揺れだった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、学園が“動き始めた”回でした。

ブックマークや感想、とても励みになります 。

続きも読んでもらえたら嬉しいです。

※毎日19時頃更新

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