── 第54話─意味が続かなくなる──
昼の中庭は、昨日と同じだった。
噴水の音。
笑い声。
石畳の上で、影が動く。
違うのは――
俺の中だけだと、思っていた。
「なあ、レン」
カイが声をかけたのは、飲み物を半分ほど飲み終えた頃だった。
噴水の縁に腰を下ろしたまま、何気ない調子で。
「ここさ」
それだけ言って、言葉が止まった。
俺は顔を向ける。
続きを待つ。
カイは、眉をひそめた。
考えている、というより――探している。
「……いや、何でもない」
逃げた、という感じじゃない。
本当に、続きが見つからなかったみたいだった。
「今、何言おうとした?」
聞くと、カイは困ったように笑う。
「分かんねえ。
“ここって――”までは出てきたんだけど」
噴水の水が跳ねる。
誰かの笑い声が被さる。
それで、話題は流れた。
普通なら、それで終わる。
でも、終わらなかった。
しばらくして、今度は別の話をしていた時だった。
「レンってさ」
また止まる。
今度は、さっきより短い。
言葉が、途中で折れたみたいに。
「……ごめん。今日、変だな俺」
カイは自分のこめかみを指で叩いた。
「朝から、何回かこうなる。
言おうとして、止まる」
俺は何も言えなかった。
説明する言葉を、持っていない。
足元で、幼精霊が揺れた。
でも、それは警戒でも制止でもない。
ただ、静かだった。
「教師に当てられた時とかさ、
急に頭が真っ白になるやつ、あるだろ?」
カイは、冗談めかして言う。
「……でも今の、あれと違うんだよな」
違う。
でも、違いを言葉にできない。
「レンはさ」
また、止まる。
今度は、カイ自身が気づいた。
「あ」
短い声。
「今のもだ」
自分の口を、押さえる。
「言おうとすると、
“それ以上いらない”って感じになる」
俺の胸が、わずかに重くなる。
「嫌とか、怖いとかじゃない。
ただ――続ける意味がなくなる」
意味がなくなる。
それは、俺が今まで何度も見てきた光景だった。
村で。
街道で。
管理区域で。
でも、それを人の側から聞いたのは、初めてだった。
「……ごめんな」
カイは、そう言って笑った。
「変なこと言ってるな。
レンのせいじゃないのは分かってる」
分かってる。
理由もなく。
それが、いちばん重い。
「今日はさ、もう戻るわ」
立ち上がる。
「案内の話、また今度でいい」
“今度”がある前提で、言う。
俺は頷いた。
それしかできなかった。
カイが去ったあと、噴水の音だけが残る。
「……なあ」
小さく言うと、セイルが後ろで答えた。
「始まったな」
「何が」
「お前のせいだって、
誰も言えない違和感が」
否定も肯定もしなかった。
足元で、幼精霊が揺れる。
前でも、横でもない。
“止まっている”揺れ。
俺は噴水を見つめたまま、息を吐く。
越えていない。
でも――
もう、俺だけの話じゃなくなっていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、レンではなく“周りの側”に起き始めた違和感の話でした。
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