── 第53話─居場所の音──
昼の鐘は、朝より軽かった。
「終わり」じゃなくて、「区切り」みたいな音だ。
食堂を出たあとも、カイの言葉が残っていた。
残る、というより――頭の片隅に置かれている。
中庭へ向かう。
廊下の光が明るい。
人が増えている。
朝と違って、歩幅が揃っていない。
急ぐ者もいれば、寄り道する者もいる。
「……この時間、みんな出るんだな」
俺が呟くと、セイルは何も言わなかった。
中庭は、昨日見たより賑やかだった。
噴水の音。
笑い声。
本を開いたまま寝転ぶ学生。
木陰に集まって、何か小さな光を飛ばしてる連中もいる。
“魔術の練習”らしい。
でも、見せつける感じがない。
上手い奴が偉い、みたいな空気が薄い。
……薄い、だけで。
ゼロじゃない。
足元で幼精霊が、小さく揺れた。
前でも、横でもない。
“ここに立て”の揺れ。
俺は噴水から少し離れた石畳の端で足を止める。
止めた瞬間、揺れが収まった。
「……またか」
俺が小さく言うと、幼精霊は何も答えない。
ただ、影の中で落ち着いている。
「来たじゃん」
声がして、顔を上げる。
カイだった。
片手に飲み物の入った紙コップみたいなものを持っている。
「来ると思った」
カイは笑って、俺の隣じゃなく、少し斜め前に立った。
近すぎない。
でも、話せる距離。
「で、どこ出身?」
「……村」
「へえ」
軽い。
詰めてこない。
それでも質問はする。
その加減が、学園の空気なのかもしれない。
俺が答えに迷っていると、カイは別の話に切り替えた。
「昼はさ、ここで一回、頭を空っぽにするんだよ」
「空っぽ?」
「午前の授業って、わりとめんどい」
めんどい、という言い方が、子どもっぽい。
でも、それが逆に救いだった。
学園が“特別な場所”じゃなくなる。
「レン、授業は?」
「……まだ」
「そっか。まあ、滞在ならそうか」
受け止め方も軽い。
「変だな」と言われない。
それが一番変だ。
その時、少し離れた場所で、笑い声が大きくなった。
三人組の男子が、木陰で何かを飛ばしている。
小さな光。
蝶みたいに揺れて、空中で弾けた。
「お、あいつらまたやってる」
カイが楽しそうに言う。
俺は見てしまう。
見てしまった瞬間、幼精霊がわずかに揺れた。
引っかかる。
昨日より、はっきりした揺れ。
「……何だ?」
幼精霊は揺れを止めない。
止めないけど、近づくな、とも言わない。
“見すぎるな”みたいな揺れ。
俺は視線を外す。
外した瞬間、揺れが弱くなる。
「今、何見てた?」
カイが何気なく聞く。
普通の声。
普通の質問。
でも、俺の中で何かが固くなる。
答えようとして――言葉が出ない。
出ない、というより。
言い方を選んでいるうちに、時間が過ぎる。
カイは待たない。
「ま、いいや」
それだけで流した。
流せた。
村なら、そこで終わらなかった。
一度向けた質問は、答えが出るまで刺さる。
でも、ここは違う。
「レン」
カイが噴水を指さす。
「飲み物いる? 売ってる。甘いのもある」
「……いるかも」
「じゃ、行こ」
立ち上がった瞬間、幼精霊が小さく揺れた。
止めない。
押さない。
ただ、“同じ場所を通れ”みたいな揺れ。
俺は無意識に、さっき立っていた石畳の端を避けないように歩く。
避けると揺れが強くなる。
合わせると揺れが収まる。
「……面倒だな」
俺が呟くと、セイルが後ろで答えた。
「面倒で済むうちは、まだ、戻れる側だ」
内側。
その言葉が、胸の奥で引っかかる。
売店みたいな場所は、中庭の端にあった。
人が並んでいる。
でも、押し合わない。
順番が、順番のままだ。
カイが先に並び、俺は少し後ろに立つ。
セイルは、影が届く距離。
そのとき、売店の奥――木陰のさらに奥に、細い通路が見えた。
通路の先は暗い。
扉はない。
でも、“入るな”の気配だけがある。
幼精霊が揺れる。
強くはない。
でも、迷いがない。
越えるな。
俺は視線を逸らした。
逸らしたまま、列に戻る。
揺れが落ち着く。
「……レン?」
カイが振り返る。
「顔、固い。甘いのにする?」
「……甘いので」
「はい決まり」
笑われた。
軽く。
何も知らないまま。
それが、怖くて、ありがたい。
受け取った飲み物は、妙に甘かった。
甘いのに、喉は詰まらない。
中庭へ戻る。
さっきより少しだけ、足が軽い。
「なあ、レン」
カイが噴水の縁に腰を下ろす。
「明日、午前空いてたらさ、案内するよ」
「案内?」
「ここ、変なとこ多い。迷うとめんどい」
変なとこ。
俺は笑いそうになって、やめた。
笑うのは、まだ慣れていない。
「……考えとく」
「うん。考えとけ」
それだけで、今日の約束みたいなものが一つできた。
足元で幼精霊が、小さく揺れる。
前でも、横でもない。
“居る”の揺れ。
セイルが、ほとんど聞こえない声で言った。
「こういうのが、一番厄介だな」
「……何が」
「居場所ができると、人は戻れなくなる」
俺は返せなかった。
返さなくてもいい気がした。
中庭の音が、ちゃんとした生活の音のまま続いていたから。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
学園の「昼」は、出来事としては小さいですが、
レンにとっては初めて“逃げずに居た時間”でした。
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※毎日19時頃更新




