── 第52話─食堂の朝──
朝の鐘は、思っていたより普通だった。
怖さを煽る音じゃない。
ただ、「起きろ」と伝える音。
居室の扉を開けると、廊下に人がいた。
昨日より多い。
制服の色が、ゆっくり動いている。
セイルは少し後ろ。
影が届く距離。
それで足りる。
「……食堂、ありますよね」
俺が言うと、案内役の女性が頷いた。
「あります。今日は人が多い時間ですね、避けますか?」
「……いや」
避けたら、また戻る気がした。
境目の街みたいに。
食堂は広かった。
木の匂い。
湯気。
金属の触れ合う音。
人の声が、ちゃんとある。
列に並ぶ。
順番を待つ。
それだけなのに、少し落ち着かない。
村では、列に並ぶたびに、
自分がどこに立たされるかを意識させられたから。
俺の番が来て、盆を受け取る。
パン。
スープ。
果物みたいなもの。
「……普通だな」
そう口に出した瞬間、隣から声がした。
「その言い方、初めて来たみたいな人だ」
振り向くと、同じ制服の男子が立っていた。
年は近い。
目つきは軽い。
でも、視線は逃げない。
「え、あ……」
「ここ、初日って顔してる」
男子は笑った。
悪意はない。
本当に、それだけ。
肩の力が、少し抜けた。
抜けたことが、少し怖い。
ここで気を抜いていいのか、まだ分からない。
「……初日じゃない」
「じゃあ二日目?」
「……そんな感じ」
男子は「ふーん」と言って、俺の盆を見る。
「それ、食べにくいだろ。席、こっち空いてる」
誘われた。
あまりにも自然に。
反射で断りかけて、止まる。
断る理由を探す。
探しても、見つからない。
足元で幼精霊が、ほんの小さく揺れた。
止めない。
押さない。
ただ、止めもしない揺れだった。
「……いいの?」
「いいよ。別に、一人席とか決まってないし」
それは許可というより、当たり前みたいな言い方だった。
席に座る。
男子が向かいに腰を下ろす。
すぐには話さない。
まず食べる。
その距離が、ありがたかった。
「名前、聞いていい?」
「……レン」
男子は頷いた。
「レンか。俺はカイだ」
それだけで、会話は続いた。
「……転入?」
また聞かれる。
でも今度は軽い。
ただの会話の形。
俺は、答え方を探す。
全部は言えない。
でも、嘘もつきたくない。
「……滞在」
「へえ。滞在って言い方するんだ」
男子は、そのまま受け取った。
「じゃあ、しばらく居るんだな」
“居る”と言われる。
追い出されない前提。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
それを感じるのが、少し怖い。
「……居るかもしれない」
男子はパンをちぎりながら言った。
「だったら、昼の中庭、来いよ」
「昼?」
「時間、教師に聞けば分かるよ」
俺は返事をしないまま、スープを飲む。
味は普通。
でも、喉は詰まらない。
食堂を出る時、セイルが小さく言った。
「初めてだな」
「なにが」
「最後まで、そこにいたな」
言われて、気づいた。
俺は逃げなかった。
止まって、座って、食べて、返事をした。
足元で幼精霊が揺れる。
前でも、横でもない。
小さく、落ち着いた揺れ。
“越えない”とは違う。
“居ていい”に近い。
廊下の窓から、中庭を見る。
明るい。
行くのは、まだ少し怖い。
でも、行かない理由も、もう薄い。
「……昼、行ってみる」
小さく言うと、
セイルは頷いただけだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
学園での「普通な朝」を描いた回でした。
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また次話で。
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