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✦ 『魂等級ゼロと嘲笑された俺は、異世界で規格外でした』  作者: maruhiro
【第4章 選ばされる側――学園という制度】
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── 第50話─図書棟──


 図書棟は、静かだった。

静かすぎて、最初は「誰もいない」のかと思った。

でも違う。

机には学生が座っている。

書架の間を歩く影もある。

それでも、音が遠い。

紙をめくる音。

椅子が擦れる音。

それが全部、壁一枚向こうみたいに薄い。


入口をくぐった瞬間、空気が変わった。

冷えるわけでも、重くなるわけでもない。

ただ――余計な匂いが消える。

学園の教師が言っていた言葉が浮かぶ。

「図書棟は、“普通”が揃っている」

普通。

人がいて、静かで、魔術の痕跡が薄い場所。

つまり、俺が何も起こさないかどうかを確かめる場所。


俺は、息を吸って吐いた。

影の中で幼精霊が揺れた。

小さく。はっきり。

止まれ。

歩くな、ではない。

“今は、余計に動くな”という感じの揺れ。

「……分かった」

誰に言うでもなく呟いて、俺は歩幅を小さくした。

それだけで揺れが落ち着く。

ここに来て初めて、分かったことがある。

幼精霊は、俺を前へ押すだけじゃない。

止めることもできる。

書架の列をゆっくり進む。

背表紙の色はばらばら。

魔術書だけじゃない。

歴史、言語、植物誌。

読める文字と、読めない文字が混じっている。

それが「普通」なら、俺も普通でいればいい。

――と思った瞬間。


奥の通路に、赤い札が見えた。

小さい。

目立たない。

なのに、目が離れない。

立ち入り禁止。

“禁止”という形があるだけで、そこは急に境界みたいに見えた。

視線が吸い寄せられた、その瞬間。

幼精霊が、今までで一番強く揺れた。

やめろ。

迷いのない揺れ。

止まれ、よりもっと強い。

俺は足を止めた。

近づいてもいない。

それでも胸の奥が詰まる。

怖いからじゃない。

自分の中で、何かが動きかけたのが分かったからだ。


「……行かない」

俺は言って、赤い札から目を逸らした。

逸らしただけで、幼精霊の揺れが弱くなる。

それが答えだった。

俺は手近な棚から一冊を抜いた。

紙は重い。

文字は半分読めない。

それでも、ページをめくる。

何も起きない。

――と思った。

幼精霊が、また揺れた。

今度は弱い。

でも、方向が決まっている。

ここ。


俺は本を閉じた。

そして、半歩だけ横に動いた。

揺れが止まった。

「……ここが、いいのか」

言葉にした途端、胸の奥が少しだけ軽くなった。

赤い札に近づかなかった。

それだけじゃない。

幼精霊が「止まれ」と言った時、俺は止まれた。

「やめろ」と言った時、俺は引き返せた。

今までの俺は、流される側だった。

境目の街でも、管理区域でも、そうだった。

でも今日は違う。

小さくでも、選べた。

背後にセイルの気配がある。

視線もある。

でも、何も言わない。

言葉で説明されるより、

この沈黙の方が「正しい」気がした。

図書棟を出ると、音が戻ってきた。

遠かった足音が、少し近い。


居室に戻ると、机の上には何もなかった。

紙もない。

言葉もない。

学園は、褒めない。

叱らない。

記録もしない。

ただ、「次へ進めるか」を静かに見ている。



俺は椅子に座って、息を吐いた。

今日の出来事は、一つだけだ。

赤い札の方へ行かなかった。

幼精霊の揺れに、従えた。

――越えなかった。

それだけが、今日の結果だった。

影の中で、幼精霊が静かに揺れる。

前でも、横でもない。

今はここ。

まだ、内側。

今日は、ここまででいい。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

50話まで来られたこと、そしてブックマークしてくださった方、本当に嬉しいです 。

学園編は、少しずつですが確実に動いています。

この先も、静かな変化を見守ってもらえたら幸いです。

引き続き、よろしくお願いします 。

※毎日19時頃更新

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