── 第5話─はじめて“資質”と言われた日──
鍛冶炉の騒ぎから少し時間が経ち、
レンのまわりにも小さな変化が積み重なってきました。
今回は、旅の薬師の言葉をきっかけに
レンの“力の本質”が少しだけ見えてくる回です。
気楽に読んでいただければ嬉しいです。
鍛冶炉の暴走から、半月ほどが過ぎた。
村の暮らしはもうすっかり元通りだ。
ギルスの鍛冶屋からも、毎朝いつもの金属を打つ音が響く。
……ただ、俺に向けられる視線だけは、まだ少しぎこちない。
それでも、以前より露骨に避けられることは減った。
(火も消さなくなってきたし……たぶん、俺のせいで怯える人も少なくなった)
小さな変化はあった。
リナと一緒に試したランタンの火も、前ほどすぐには消えない。
そんなことを考えながら薪を並べていると――
「レンーっ!」
元気な声が土を蹴って近づいてくる。
振り返れば、布袋を抱えたリナが、軽く息を弾ませて駆けてきた。
「市場から戻ったらね、ちょっと変わった人に会ったの」
「変わった人?」
「うん。ほら、薬草とかを見て回ってる旅の薬師さん。
なんか、レンのこと聞かれちゃった」
思わず固まった。
「……俺の?」
「うん。“魔力が揺らぐ村があると聞いたが本当か”って」
リナが俺の横に腰を下ろす。
「でね、嘘は言いたくないから……“レンのそばで火が揺れる”って答えたら」
「そんなこと言ったの?」
「だって、その人……ぜんぜん怖がらなかったんだよ。むしろ興味深そうで」
なんだそれ、と喉の奥がむずむずする。
村では避けられるだけの現象を“興味”なんて言った人間は初めてだ。
「なんて言ってた?」
「“それは吸収じゃなくて、同調かもしれない”って」
同調。
聞き慣れない言葉が、胸にひっかかった。
「意味はわかんないけどさ、その薬師さん……
“危険なら暴れる。静まるなら資質だ”って言ってたよ」
「静まる……?」
その言葉が胸の奥で反響する。
考えてみれば、確かに。
火も、湖の魔力も、暴走した炉も――
“俺が近くにいると落ち着いた”。
奪うでも、壊すでもなく、ただ“鎮まっていく”。
(……俺、そういう性質なのか?)
そんなこと一度も思ったことがなかった。
リナは続ける。
「薬師さん、また村に寄るって言ってたよ。
“魔力の流れを見られるかもしれない”って」
魔力を“見られる”?
村では誰もそんな能力を持っていない。
不安よりも、胸の奥に小さな期待が生まれた。
そのとき、リナがランタンを取り出し、ぽんと置く。
「試してみよ」
火を灯すと、炎がふわりと揺れる。
前のように一瞬で消えることはない。
けれど、俺が近づくとやはり吸われるように細くなる。
ただ――今日は、芯が強く残った。
「ほら、やっぱり変わってるよ。
前よりずっと“残ってる”」
「……かもな」
「かもじゃないよ。レンの変化を一番最初に見つけたのは私なんだから!」
胸が少し熱くなる。
ずっと“正体不明で怖れられるもの”だと思っていた現象が、
誰かによって“資質”と言われ、
リナに“変化だよ”と言われる。
(そんなふうに見ていいのか……俺の力を)
少しずつ、世界の見え方が変わっていく気がした。
ランタンの火は静かに揺れ続けていた。
まるで俺の答えを待つように。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
リナ以外にも、レンの力を“怖れずに見ようとする人”が少しずつ現れてきました。
まだ誤解は残っていますが、こういう小さな積み重ねが
レンの世界を少しずつ変えていく予定です。
次回も、ゆっくりですが確実に前へ進む話になります。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。




