── 第47話─そのままで──
朝の光は、やわらかかった。
居室の窓から差し込むそれは、管理区域の無機質な明るさとは違って、時間の流れを思い出させる。
起きる。
顔を洗う。
廊下に出る。
それだけで、少し安心する自分がいた。
セイルは、少し離れて付いてくる。
人に見られたくないわけじゃない。
ただ、俺の影が届く距離から外れない。
「おはようございます」
すれ違った制服の学生が、軽く頭を下げる。
目は合わせない。
でも、避けてもいない。
この場所の距離感は、そういうものらしい。
案内役の女性が現れたのは、その直後だった。
「今日は、少しお話を」
そう言って歩き出す。
向かった先は、教室でも実験室でもない。
小さな談話室だった。
丸い机。
椅子が四つ。
窓際には鉢植え。
向かいに座った初老の男性は、白外套でも制服でもなかった。
でも、教師だとすぐ分かる落ち着きがある。
「授業、というほどのものではありません」
その言い方が、最初から柔らかい。
「ここでは、まず“聞く”ところから始めます」
「……何を、ですか」
「あなたが、どう感じているかを」
それだけで、話は始まった。
「眠れましたか」
「……はい」
「食事は口に合いました?」
「普通でした」
男は、うんうんと頷くだけだ。
「ここに来て、怖さはありますか」
少し考えて、正直に答える。
「……あります」
男は笑った。
「それでいい」
評価もしない。
訂正もしない。
急いで答えを作らなくてもいい――そういう空気だけが残る。
「分からないことは、ありますか」
「……多すぎて」
「それも、いい」
それで終わった。
測られた感じはしない。
ただ、安心して言葉を吐けるそんな場所だった。
談話室を出ると、案内役の女性が次の場所へ向かう。
「少し、見ていってください」
連れて行かれたのは広い中庭だった。
石畳。
噴水。
風に揺れる木々。
学生たちが思い思いに過ごしている。
読書。
雑談。
遠くで、魔術の練習らしい光が弾けた。
「自由ですね」
思わず言うと、女性は頷いた。
「ここでは、そういう時間を大切にしています」
その言葉が、この学園をよく表している気がした。
「……何か、するんですか?」
「いいえ」
女性は立ち止まり、地面を指さす。
「ただ、ここに立ってください。……息を整えるだけで」
言われた通りに立つ。
風が吹く。
噴水の音がする。
何も、起きない。
……と思った、その時。
足元で、幼精霊が、微かに揺れた。
警戒でも、誘導でもない。
“引っかかる”みたいな揺れ。
俺は思わず、足元を見る。
「今の、分かりました?」
女性が聞く。
「……何か、ありました?」
「ええ」
彼女は遠くの噴水を見ながら言った。
「でも、答えは急ぎません」
この学園らしい言い方だ。
それ以上、何も言われなかった。
なのに、胸の奥に小さな引っかかりが残る。
「今日は、ここまでです」
帰りの廊下で、セイルが小さく言った。
「様子見だな」
「……分かる?」
「いや」
首を振る。
「見てるというより――待ってる」
待ってる。
その言葉が、妙にしっくり来た。
居室に戻ると、机の上に一枚の紙が置かれていた。
名前はない。
指示もない。
ただ、一行。
――そのままで。
幼精霊が小さく揺れる。
前でも、横でもない。
少し、留まれ。
そう言っているような揺れだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
学園での時間が、少しでも伝わっていたら嬉しいです。
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また次話で。
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