── 第4話─“消えない火”に気づいた日──
今回のお話は、レンの“ほんの少しの変化”が描かれます。
炎が消えなかった理由、そしてそれに一番に気づいたリナ。
村との距離はまだ遠いけれど、レンの中では確かに何かが動きはじめます。
ゆっくりと進む二人の日常を、どうぞお楽しみください。
あの騒ぎから数日が過ぎ、ようやく村の空気に落ち着きが戻ってきた。
とはいえ、俺に向けられる視線が急に優しくなるわけじゃない。
ただ――あの日よりは、少しだけ静かだ。
薪割りをしていると、背後から軽い足音。
「レン!」
振り返ると、リナが駆けてきた。
手には小さな布のしおりを持っている。
「はい、これ。魔法書に挟んでたやつ、落としてたよ?」
「ああ……ありがとう」
「ううん。でも……ここ数日、レンに対していろいろ言う人、いたでしょ?
ちょっと、心配で」
その言い方があまりに自然で、胸が少し熱くなる。
「大丈夫。慣れてるから」
「慣れちゃだめなんだけどね。本当は」
リナの持つランタンの炎が、ふっと揺れた。
吸われるように細くなる――けれど、消えない。
「わ……今の、レン?」
俺はランタンに手を伸ばし、そっとかざした。
(たしかに吸っていた。だけど……全部じゃない)
今までは“触れた瞬間、火は必ず消えた”。
今日は――炎の芯だけが静かに残っていた。
「ねえレン。
もしかして、ちょっとだけ“吸い方”変わってない?」
「変わってる……のかな」
「だって、前は一瞬で消えてたんだよ?
今はちゃんと残ってた」
自分では気づかなかった小さな変化を、
リナは真っ先に見つけてくれる。
そのとき、畑の方から困った声。
「また灯りが消えちまった……誰か手伝ってくれんかねぇ」
火口の灯りが弱く、つけてもすぐ揺らぐらしい。
リナが反応する。
「行こ、レン! 試してみよ?」
「俺が行ったら、逆に……」
「大丈夫。さっきみたいに、きっと消えないよ」
気づけばリナが俺の袖をつまんでいた。
仕方なく近づくと、おばあさんが不安そうにこちらを見る。
けれど、逃げるほどではない。
リナが火口に火を灯す。
炎がふわりと立ち上がり――
ゆらり、と揺れながらも消えなかった。
(……制御してるわけじゃない。でも止まってる)
おばあさんが目を丸くした。
「……あれまぁ。今日は消えんのかい?」
リナが笑う。
「レンは火を消す子じゃないんですよ。
ほら、ちゃんと灯ってるでしょ?」
俺は視線をそらしたが、
おばあさんは柔らかく言った。
「ありがとねぇ。助かったよ」
胸の奥がじんわり温かくなる。
(……俺でも、こういう助け方ができるんだ)
リナがそっと肩をつつく。
「ね? 今日のレン、ちょっとすごいよ」
「すごくは……ないよ。たまたま止まっただけかもしれないし」
「たまたまでも、できたんだよ?」
否定できなくなる言い方だ。
そして、リナが照れくさそうに言う。
「レンってさ……“奪う”んじゃなくて、
“落ち着かせてる”ように見えるよ」
「落ち着かせる……?」
「うん。火の揺らぎも、魔力も。
レンが近くにいると、静かになるの」
そんなこと、考えたこともなかった。
炎は静かに揺らぎ、そこに“消える気配”はない。
「……もしそうなら、少しくらい役に立てるかもな」
ぽつりと言うと、リナがぱっと笑う。
「もう役に立ってるよ!」
胸の奥の不安がすっと軽くなる。
村の空気はまだぎこちない。
誤解もすぐには消えないだろう。
それでも――
今日は、ほんの少しだけ前に進めた。
そんな夕暮れだった。
読んでいただきありがとうございます。
少しだけ前に進んだレンと、そばで気づいてくれるリナの回でした。
ゆっくりですが、村との距離も変わっていきます。
次も日常の中の“ちょっとした変化”を描いていきます。




