── 第39話─ここではない──
ここは、長く留める場所じゃない――
そう判断されたのが、分かった。
管理区域は、静かだった。
境目の街の静けさとは違う。
人の気配が減ったから静かなのではなく、音が最初から抑えられている感じがする。
人はいる。
巡回もある。
けれど、誰もこちらを見ない。
いや――正確には、見たあとで、何も感じなかったふりをしている。
声をかけられない。
咎められもしない。
ただ、通される。
安全だ。
たぶん。
それが、逆に落ち着かなかった。
俺は足を止めた。
その瞬間、足元の気配がわずかに揺れる。
――幼精霊だ。
消えてはいない。
ついてきている。
けれど、近くない。
今までは、危険を感じると寄ってきた。
何も起きないときでも、俺の影の中にはいた。
なのに今は、
影の外側にいる。
触れようとすると、ほんの少しだけ距離がずれる。
逃げているわけじゃない。
拒んでいる感じとも違う。
ただ、
「そこじゃない」
と言われているみたいだった。
「……変だな」
独り言が、壁に吸われる。
セイルは少し先で立ち止まり、振り返らずに言った。
「ここは、問題が起きない場所だ」
「……起きないようにしてる、って感じしますけど」
セイルは否定しなかった。
「そういう場所だ」
それ以上、説明はない。
歩き出す。
管理区域の通路は、どこも似ている。
同じ幅、同じ高さ、同じ明るさ。
方向感覚が、だんだん薄れる。
そのとき――
幼精霊が、初めて別の方向へ揺れた。
俺じゃない。
俺の進行方向でもない。
壁の向こう。
表示のない通路。
人が通らない場所。
まるで、
この区域そのものを避けるように。
俺は思わず足を止めた。
「……ここ、合わないのか?」
答えはない。
でも、揺れは止まらない。
怖がっている揺れじゃない。
危険を知らせる揺れでもない。
違和感を告げる揺れだ。
少し離れた場所で、小さな声が聞こえた。
「再判定、まだ動いてるのか」
「固定されたままだ。次に回せない」
「……名前は」
「表に出ていない。ただ、痕跡はある」
会話はそこで切れた。
俺の名前は出なかった。
でも、話題が俺のことなのは分かる。
幼精霊が、ふっと動いた。
今度は、区域の端。
ここから先、という境界で止まる。
そこから先へは行かない。
でも、俺から完全に離れることもしない。
――初めて見る反応だった。
「……ここまで、か」
口に出した瞬間、
自分でも何を言っているのか分からなかった。
安全な場所。
でも、
ここにい続けると、何も始まらない。
セイルが横に並ぶ。
「精霊が、嫌がってるな」
「嫌がってる、っていうか……」
言葉を探す。
「……ここ、俺の居場所じゃない気がします」
セイルは一瞬だけ、目を細めた。
「だろうな」
管理区域の奥では、今日も「何も起きない」が維持されている。
異常も、事故も、騒ぎもない。
けれど――
足元の幼精霊は、そこに留まらなかった。
俺は、その揺れを見下ろして思う。
ここは、安全だ。
でも、正しくはない。
そしてたぶん――
ここにいれば、世界は俺を“保留”のまま置き続ける。
幼精霊が、もう一度だけ揺れた。
今度は、前へ。
行け、と言っている。
俺は、静かに息を吐いた。
――何も起きない場所から、
また一段、外へ出る時が来ている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「安全だけど、居場所じゃない」という違和感を描きました。
幼精霊の動きが、少しずつ意味を持ち始めています。
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