── 第33話─進められる側──
扉の向こうで、足音が止まった。
止まったはずなのに、空気だけが先に入り込んでくる。
紙と蝋、それから金属を磨いた匂い。
宿の廊下の匂いじゃない。
――コン、コン。
ノックは丁寧だった。
丁寧すぎて、逆に嫌な感じがした。
「入ります」
丁寧だが返事を待たない声。
扉が開いて、三人が入ってくる。
昨日の来訪者とは違う。
でも、似た“気配”はある。
旅人の格好をしているのに、旅の疲れがどこにもない。
歩いてきた人間の重さが、服に残っていない。
先頭は女だった。
髪はまとめられ、袖口は汚れていない。
次が男。肩から鞄を下げている。
その鞄だけが、やけに重そうだった。
最後の一人は背が高い。
顔の半分が影に隠れていて、目がよく見えない。
女が机の上に板を置いた。
紙みたいに薄いのに、置いた瞬間「重い音」がした。
「対象・レン。移送工程に入ります」
工程。
助けるでも、捕まえるでもない。
ただ、前に進める言い方。
「……待って」
声にしたつもりだった。
でも、思ったより小さい。
(なんだよ。
俺、言いたいことあるんだけど?)
女は俺を見ないまま続ける。
「危険性は未確定。拘束は最小限。抵抗は想定していません」
言葉が並ぶたび、俺が“人”じゃなくなっていく感じがした。
鞄の男が、金属の輪を取り出す。
手錠じゃない。
内側に細かい文字が刻まれていて、目が滑る。
「触れます。嫌なら言ってください」
嫌なら、って。
言っても結果が変わらないやつだ。
「嫌です」
ちゃんと言えた。
なのに、男は淡々と輪を上げる。
無視された、というより――
俺の言葉が、そこに置き去りにされた感じ。
輪が手首に近づく。
(俺、今、反抗したよな?
ちゃんと意思、出したよな?)
なのに、腕が引けない。
引けないんじゃない。
引く理由が、途中でほどける。
輪は手首の前で止まった。
触れていない。
押し返してもいない。
ただ、そこで「次」が無くなった。
「……装着、成立しません」
男が小さく言う。
女が初めて眉を動かした。
「妨げられた形跡はありません」
背の高い男が、一歩だけ前に出る。
足音が、部屋の空気を揃えた。
「対象が止めていない。止まっている」
「止めてないです!
俺、ほんとに何も――」
言い切る前に、自分で気づいた。
(“何もしてない”って、
証明になってないか……?)
喉が乾く。
女が板に何かを書き込んだ。
「拘束は中止します。歩いてもらいます」
歩く。
その言葉のほうが、逆に怖かった。
背の高い男が扉の外を指す。
出ろ、とも来い、とも言わない。
でも、足が動いた。
(え、動くの?
止められないのに、歩くのは成立するの?)
廊下に出た瞬間、違和感がはっきりした。
宿の廊下のはずなのに、壁の色が違う。
木目が消えて、石みたいな肌になっている。
窓がない。
さっきまであった夜の街の匂いが、ここには届かない。
振り返る。
部屋の扉は、普通の扉だ。
その“普通さ”が、逆に不気味だった。
「ここ……どこですか」
「街の中です」
女は即答した。
「ただし、表ではありません」
角を曲がる。
薄い灯りの下に、セイルが立っていた。
腕を組んでいる。
でも視線は俺じゃない。
周囲の距離を測る目だ。
「……無事か」
その一言で、少しだけ息が戻った。
「無事……っていうか……
いや、無事なのか?」
自分で言って分からない。
セイルは三人を見る。
「連れていくのか」
「進めます」
女の答えは短い。
セイルが俺を見る。
目が「今は言うな」と言っている。
なのに、口が勝手に動いた。
「俺、なんもしてないのにさ。
なんで話だけ、勝手に進んでんだよ」
言えた。
胸の奥が、少し寒い。
セイルは一瞬だけ目を細めて言った。
「だからだ」
「え?」
「何もしてないのに、止まらない。
それを確かめたい連中がいる」
通路の先に、もう一つ扉が見えた。
なぜだかここから先は「街」じゃないことがわかった。
「質問はここまで」
女が言う。
「どういう時に、何が起きるのかを確認します」
◆
扉が開く。
白い部屋だった。
白いのに、冷たい。
机が一つ。
椅子が二つ。
壁際に、鏡みたいな板が立っている。
椅子の向こう側で、誰かが待っていた。
旅人のやり方では動かない目。
「対象・レン」
声の温度は、さっきの三人と同じ。
「ここからは、君の意思も含めて進める」
俺は椅子に座った。
その瞬間、幼精霊の気配が足元で小さく揺れた。
離れない。
ついてきてる。
それだけが、やけに現実だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
レン本人は「何もしてない」つもりなのに、
世界のほうが勝手に話を進めていく――
そんな違和感が伝わっていれば嬉しいです。
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次も、少しずつ進みます。
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