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── 第3話─魔力を“落とす”少年──

お読みいただきありがとうございます。

今回は、レンの日常と“少しだけ”広がる世界のお話です。

 朝、家の前で薪割りをしていると、

背後からそっと小石が飛んできた。


「……またか」


くるぶしに当たる軽い痛み。

振り返ると、子どもたちが物陰に隠れながらこちらを見ている。


「近づくなよ」「魔力吸われるぞ」


小声でも、全部聞こえる。


(……別に、吸ってなんかないのに)


昨日、鍛冶小屋の炉を止めた件が、逆に火をつけたらしい。


「危険な魔力を“食った”」「いつか暴走する」


そんな噂が、村を半日で駆け巡った。


俺が何をしても、村人の心の距離は近づかない。


でも、それが“普通”なのだと思っていた。


──それは前世の、どこか痛い感覚とよく似ていたから。


 



昼過ぎ、村外れの小さな湖にいた。


水面に手を近づけると、光の粒がふっと吸われて消える。


やっぱり俺は魔力を“引き寄せる”らしい。


(自然魔力だけ……意図していない。俺の意思じゃない)


湖は静かで、村のざわめきも聞こえない。


ときどきここに来て、ひっそり息をつく。


「……レン」


振り返ると、リナが立っていた。


息を切らし、眉を寄せてこちらを見てくる。


「探したんだから……!」


「ごめん。村にいると、ちょっと……」


「知ってる。だから来た」


湖のほとりに並んで座る。


リナは水面を見ながらぽつりと言った。


「みんな、怖がってるだけだよ。

 レンが何か悪いことしたわけじゃないのに」


「……俺が“分からないもの”だから、だろ」


村人の反応は理解できた。

俺自身だって、自分のことが分かっていない。


魔力を吸う体質。

向けられた魔力に反応してしまう現象。

生まれた瞬間から“普通じゃない”扱い。


リナはゆっくり首を振る。


「違うよ。分からないものを、分かろうともしないから怖いんだよ」


リナの横顔は強くて、少しあたたかい。


ふいに、手元の小石が淡く光るのが見えた。


「あっ、それ……!」


石に触れる前に、光はすうっと消えた。


「やっぱり……レンが吸ってるんだ」


「……ごめん」


「謝らなくていいよ。むしろすごいじゃん」


「いや、すごくは……ないだろ」


「あるよ! だって、誰もできないことなんだよ?

 魔力を暴れさせないで“落とす”なんて」


俺は言葉に詰まった。


(落とす……? 俺はただ吸っているだけなのに)


リナは続けた。


「村の人は気づいてないけど……レンは“誰も傷つけてない”でしょ?」


胸が、ぎゅっと沈む。


(それは……違う)


言えない。

前世で、誰かの痛みを“代わりに受けた記憶”が胸に刺さる。


言葉にできない痛みを抱えたまま、俺は湖を見た。


「……俺はただ、誰にも迷惑かけたくないだけだよ」


「それ、すごく優しいってことなんだけど?」


リナの声が少し笑っていて、少し泣きそうで。


なんとも言えない感情が胸に広がった。


 



夕暮れ。

村へ戻る途中、背筋に冷たい気配が走った。


(……誰かに見られている?)


森でも、魔物でもない。

もっと“上”から降りてくるような視線。


俺は思わず空を見上げた。


薄雲の向こうに、淡い金色がちらりと揺れた気がした。


(なんだ……?)


リナが小首をかしげる。


「どうしたの?」


「……いや。なんでもない」


言葉にできない違和感だけが残った。


それは、ほんの数秒で消えたけれど──

胸の奥のざわつきは、しばらく続いていた。


 



その頃――天界。


透明な水晶窓の前で、ひとりの天使が目を細めた。


「ふーん……あいつ、やっぱりおかしいな」


エルドだ。


先日の“処理ミス”以来、妙に執拗にレンを監視している。


「魔力を吸う? 落とす?

 そんな魂、聞いたことねぇ……本当にゼロかよ……」


興味と、僅かな苛立ちが混ざった声。


幸い、その声はまだ地上の誰にも届かない。


ただ、エルドの視線だけが

静かに、じっと、レンを追い続けていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回はレンの日常と、少しだけ“外の視線”が動き始めた回でした。

引き続き、ゆったり更新していきますので、また覗いていただければ嬉しいです。

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