── 第3話─魔力を“落とす”少年──
お読みいただきありがとうございます。
今回は、レンの日常と“少しだけ”広がる世界のお話です。
朝、家の前で薪割りをしていると、
背後からそっと小石が飛んできた。
「……またか」
くるぶしに当たる軽い痛み。
振り返ると、子どもたちが物陰に隠れながらこちらを見ている。
「近づくなよ」「魔力吸われるぞ」
小声でも、全部聞こえる。
(……別に、吸ってなんかないのに)
昨日、鍛冶小屋の炉を止めた件が、逆に火をつけたらしい。
「危険な魔力を“食った”」「いつか暴走する」
そんな噂が、村を半日で駆け巡った。
俺が何をしても、村人の心の距離は近づかない。
でも、それが“普通”なのだと思っていた。
──それは前世の、どこか痛い感覚とよく似ていたから。
◆
昼過ぎ、村外れの小さな湖にいた。
水面に手を近づけると、光の粒がふっと吸われて消える。
やっぱり俺は魔力を“引き寄せる”らしい。
(自然魔力だけ……意図していない。俺の意思じゃない)
湖は静かで、村のざわめきも聞こえない。
ときどきここに来て、ひっそり息をつく。
「……レン」
振り返ると、リナが立っていた。
息を切らし、眉を寄せてこちらを見てくる。
「探したんだから……!」
「ごめん。村にいると、ちょっと……」
「知ってる。だから来た」
湖のほとりに並んで座る。
リナは水面を見ながらぽつりと言った。
「みんな、怖がってるだけだよ。
レンが何か悪いことしたわけじゃないのに」
「……俺が“分からないもの”だから、だろ」
村人の反応は理解できた。
俺自身だって、自分のことが分かっていない。
魔力を吸う体質。
向けられた魔力に反応してしまう現象。
生まれた瞬間から“普通じゃない”扱い。
リナはゆっくり首を振る。
「違うよ。分からないものを、分かろうともしないから怖いんだよ」
リナの横顔は強くて、少しあたたかい。
ふいに、手元の小石が淡く光るのが見えた。
「あっ、それ……!」
石に触れる前に、光はすうっと消えた。
「やっぱり……レンが吸ってるんだ」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ。むしろすごいじゃん」
「いや、すごくは……ないだろ」
「あるよ! だって、誰もできないことなんだよ?
魔力を暴れさせないで“落とす”なんて」
俺は言葉に詰まった。
(落とす……? 俺はただ吸っているだけなのに)
リナは続けた。
「村の人は気づいてないけど……レンは“誰も傷つけてない”でしょ?」
胸が、ぎゅっと沈む。
(それは……違う)
言えない。
前世で、誰かの痛みを“代わりに受けた記憶”が胸に刺さる。
言葉にできない痛みを抱えたまま、俺は湖を見た。
「……俺はただ、誰にも迷惑かけたくないだけだよ」
「それ、すごく優しいってことなんだけど?」
リナの声が少し笑っていて、少し泣きそうで。
なんとも言えない感情が胸に広がった。
◆
夕暮れ。
村へ戻る途中、背筋に冷たい気配が走った。
(……誰かに見られている?)
森でも、魔物でもない。
もっと“上”から降りてくるような視線。
俺は思わず空を見上げた。
薄雲の向こうに、淡い金色がちらりと揺れた気がした。
(なんだ……?)
リナが小首をかしげる。
「どうしたの?」
「……いや。なんでもない」
言葉にできない違和感だけが残った。
それは、ほんの数秒で消えたけれど──
胸の奥のざわつきは、しばらく続いていた。
◆
その頃――天界。
透明な水晶窓の前で、ひとりの天使が目を細めた。
「ふーん……あいつ、やっぱりおかしいな」
エルドだ。
先日の“処理ミス”以来、妙に執拗にレンを監視している。
「魔力を吸う? 落とす?
そんな魂、聞いたことねぇ……本当にゼロかよ……」
興味と、僅かな苛立ちが混ざった声。
幸い、その声はまだ地上の誰にも届かない。
ただ、エルドの視線だけが
静かに、じっと、レンを追い続けていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回はレンの日常と、少しだけ“外の視線”が動き始めた回でした。
引き続き、ゆったり更新していきますので、また覗いていただければ嬉しいです。




