表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/48

── 第29話─行動が成立しない──

翌朝。

 境目の街の外縁にある通りは、昼前でも人が少なかった。

 酒場も露店もない。石壁と倉庫だけが並ぶ。

 ――揉め事が起きるなら、むしろこういう場所だ。

 

 来訪者は、そこで待っていた。

 旅人の格好。

 だが、靴底の土は薄く、荷も軽い。

 長く歩いた人間の気配がない。

 

 セイルが一歩だけ前に出る。

「約束の時間だ」

 来訪者は頷いた。

 会話のためではなく、手順を進めるための動きだった。

 

「対象、レン。確認を再開する」

 声は平坦。

 命令でも脅しでもない。

 ただ、記録を読み上げる調子だ。

 

 

 レンは、その場に立っていた。

 逃げようと思えば逃げられる。

 怖いという感情も、はっきりある。

 それなのに――

 逃げる理由だけが、形にならない。

 足は動くはずなのに、出ない。

 それが嫌だった。

 

 来訪者は、二本の指を立てた。

「第一確認。言語反応」

 

 指先から、淡い光が一粒落ちる。

 床に触れた瞬間、薄い輪が広がった。

 術式というより、合図。

 質問に答えやすくするための、簡単な誘導だ。

 

「名前を言え」

 

 レンは、少し間を置いてから答えた。

「……レンです」

 

 言えた。

 無理はなかった。

 

 来訪者は、首をわずかに傾ける。

「成立」

 

 その言い方が、胸に引っかかった。

 会話じゃない。判定だ。

 

 

「第二確認。反発の発生」

 

 来訪者は、レンの胸の高さに手をかざす。

 紙片のような札が一枚、ふわりと浮かび上がった。

 害はない。

 ただ“押す”ためのものだ。

 普通なら、反射で一歩下がる。

 

 レンは、確かに嫌だった。

 近づくのが嫌で、肩が強ばる。

 ――それでも。

 

 足は出ない。

 

 札は、レンの胸の前で止まった。

 触れていない。

 弾いてもいない。

 ただ、そこで続きが無くなった。

 

 来訪者の目が、わずかに細くなる。

「……反発なし」

 

 レンは思わず言った。

「押し返してません。……してないのに、止まりました」

 

 来訪者はレンを見ない。

 札だけを見て答える。

「押し返しは“行動”だ」

「君は行動していない。――記録通りだ」

 

 背中が冷えた。

 “していない”を肯定される怖さが、はっきりした。

 

 

 来訪者は札を下げず、もう一枚取り出した。

「第三確認。敵意の到達」

 

 今度の札は、わずかに色が濃い。

 攻撃ではないが、“向ける”性質がある。

 人の苛立ちや敵意を、表に引き出す札だ。

 

「これは、君を怒らせる」

「怒りが出れば、声が荒れる。手が動く」

「それが、正常だ」

 

 レンの胸がざわついた。

 意味もなく腹が立つ。

 理不尽だ。嫌だ。

 感情は、確かに生まれている。

 

 ――なのに。

 

 言葉が続かない。

 声が、喉の手前でほどける。

 

 札は、レンの目の前で止まり、

 滲むように薄れて消えた。

 

 来訪者が、小さく息を吐く。

「敵意、発生」

「だが、到達しない」

 

 

 その場の空気が、わずかに変わった。

 確認が、止まったのだ。

 

 来訪者は、記録板に何かを書き込む。

「第四確認、保留」

 

 レンは、思わず聞いた。

「……何を確認するつもりだったんですか」

 

 来訪者は、少しだけ間を置く。

「君に“行動させる”予定だった」

「だが、行動は成立しない」

 

 淡々と続ける。

「君が止めたわけじゃない」

「止める痕跡が、存在しない」

 

 それが、何より異常だった。

 

 

 来訪者は一歩下がり、視線を落とす。

 レンの足元。

 幼精霊の気配が、薄く揺れていた。

 

「付随反応。精霊、留まる」

 

 言い方が、少しだけ変わる。

「呼んでいないのに、留まっている」

 

 レンは、掠れた声で言った。

「……俺、何もしてないです」

 

 来訪者は、短く頷く。

「“何もしていない”こと自体が、分類不能だ」

 

 

 来訪者は背を向けた。

「明日、また来る」

「次は、別の手段で測る」

 

 脅しじゃない。

 検査項目の更新だ。

 

 セイルが、レンの横に立つ。

 声を落として言う。

「街の外から、視線が増える」

 

 レンは通りの奥を見る。

 一瞬、誰かと目が合い、すぐ逸らされた。

 好奇心じゃない。

 場所を確かめる目だ。

 

 レンは理解する。

 明日来るのは、来訪者だけじゃない。

 この街の仕組みの外から、

 別の“確認者”が来る。

 

 それが、調査で終わるかどうか――

 まだ、誰にも分からなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ようやく「何が起きているのか」を外側から触れ始めました。

もし続きが気になるようでしたら、

ブックマークしていただけると励みになります。

次も、少しずつ進めていきます。

※毎日19時更新

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ