── 第27話─見過ごされない段階──
境目の街の朝は、いつも通りだった。
巡回の足音。 店を開ける音。 挨拶と欠伸が混じる、ありふれた時間。
ただ一つ違うのは――
揉め事が、起きないことだ。
◆
街の中心から少し外れた通りで、来訪者は立ち止まった。
旅人の姿。 荷も軽く、足取りも普通。 だが、視線だけが街を測っている。
(ここだ)
理由はない。 勘とも違う。 ただ、足を止めるべき場所だと分かった。
向かいの路地で、男が一人、肩をぶつけられて声を荒げる。
「おい、前――」
言葉が止まる。
男は眉をひそめたまま、続きを探すように口を動かす。 怒りは消えていない。 視線も鋭い。 だが、それ以上、何も出てこない。
「……ちっ」
舌打ちだけして、男は背を向けた。
来訪者は、その一部始終を見ていた。
(抑制じゃない)
魔力の揺れはある。 感情も確かに立ち上がっている。 だが、どこにも“止めた痕跡”がない。
(結界なし。術式なし。介入なし)
それなのに、結果だけが揃っている。
(始まっていない)
来訪者は、ゆっくりと息を吐いた。
◆
通りを歩く。
人の流れは自然だ。 誰も警戒していない。 誰も異常だと思っていない。
だが、近づくと分かる。
言葉が選ばれない。 衝動が続かない。 決定的な一歩だけが、いつも踏み出されない。
(街そのものじゃない)
来訪者は視線を動かす。
波の中心は、街全体じゃない。 一定の範囲。 広がらず、縮まらず、動いている。
その中心に――
(いるな)
姿は見えない。 だが、確信だけはあった。
◆
一方、宿の二階。
レンは窓辺に立ち、通りを眺めていた。
昨日も、今日も。 何かが起きかけて、終わる。
それを見ているだけなのに、 妙な胸騒ぎが消えない。
(……見られてる?)
根拠はない。 ただ、視線が重なった気がした。
すぐに消えた。 誰もいない。 それでも、心臓の鼓動が一拍だけ遅れる。
◆
来訪者は、宿の建物を見上げていた。
(自覚はない)
それは、ほぼ確信だった。
意図していない。 力を使っていない。 それでも、周囲が勝手に“整う”。
(これは能力じゃない)
分類しようとして、やめる。
分類できるものは、対処できる。 だが、これは違う。
(向けられた意思が、形になる前にほどける)
来訪者は、初めて眉をひそめた。
(面倒だな)
危険だからではない。 強いからでもない。
――扱いようがない。
◆
来訪者は踵を返す。
今は、近づかない。 確認は済んだ。
次にやるべきは一つ。
(報告だ)
この街で起きている異常。 そして、その中心が「人である」こと。
レンは、何も知らないまま、窓を閉めた。
境目の街は、今日も平穏だ。 喧嘩は起きない。 争いも起きない。
だがその平穏は、 確実に“誰かの視線”の中に置かれた。
―――次は、黙って通り過ぎてもらえない。
ただ、それだけだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
静かなまま、でも少しずつ段階が変わってきました。
この先で、世界のほうがどう動くのか——
よければ引き続き見守ってもらえると嬉しいです。
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※毎日19時更新




