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── 第27話─見過ごされない段階──

 


 境目の街の朝は、いつも通りだった。

 巡回の足音。  店を開ける音。  挨拶と欠伸が混じる、ありふれた時間。

 ただ一つ違うのは――

 揉め事が、起きないことだ。

 

 

 街の中心から少し外れた通りで、来訪者は立ち止まった。

 旅人の姿。  荷も軽く、足取りも普通。  だが、視線だけが街を測っている。

(ここだ)

 理由はない。  勘とも違う。  ただ、足を止めるべき場所だと分かった。

 向かいの路地で、男が一人、肩をぶつけられて声を荒げる。

「おい、前――」

 言葉が止まる。

 男は眉をひそめたまま、続きを探すように口を動かす。  怒りは消えていない。  視線も鋭い。  だが、それ以上、何も出てこない。

「……ちっ」

 舌打ちだけして、男は背を向けた。

 来訪者は、その一部始終を見ていた。

(抑制じゃない)

 魔力の揺れはある。  感情も確かに立ち上がっている。  だが、どこにも“止めた痕跡”がない。

(結界なし。術式なし。介入なし)

 それなのに、結果だけが揃っている。

(始まっていない)

 来訪者は、ゆっくりと息を吐いた。

 

 

 通りを歩く。

 人の流れは自然だ。  誰も警戒していない。  誰も異常だと思っていない。

 だが、近づくと分かる。

 言葉が選ばれない。  衝動が続かない。  決定的な一歩だけが、いつも踏み出されない。

(街そのものじゃない)

 来訪者は視線を動かす。

 波の中心は、街全体じゃない。  一定の範囲。  広がらず、縮まらず、動いている。

 その中心に――

(いるな)

 姿は見えない。  だが、確信だけはあった。

 

 

 一方、宿の二階。

 レンは窓辺に立ち、通りを眺めていた。

 昨日も、今日も。  何かが起きかけて、終わる。

 それを見ているだけなのに、  妙な胸騒ぎが消えない。

(……見られてる?)

 根拠はない。  ただ、視線が重なった気がした。

 すぐに消えた。  誰もいない。  それでも、心臓の鼓動が一拍だけ遅れる。

 

 

 来訪者は、宿の建物を見上げていた。

(自覚はない)

 それは、ほぼ確信だった。

 意図していない。  力を使っていない。  それでも、周囲が勝手に“整う”。

(これは能力じゃない)

 分類しようとして、やめる。

 分類できるものは、対処できる。  だが、これは違う。

(向けられた意思が、形になる前にほどける)

 来訪者は、初めて眉をひそめた。

(面倒だな)

 危険だからではない。  強いからでもない。

 ――扱いようがない。

 

 

 来訪者は踵を返す。

 今は、近づかない。  確認は済んだ。

 次にやるべきは一つ。

(報告だ)

 この街で起きている異常。  そして、その中心が「人である」こと。

 レンは、何も知らないまま、窓を閉めた。

 境目の街は、今日も平穏だ。  喧嘩は起きない。  争いも起きない。

 だがその平穏は、  確実に“誰かの視線”の中に置かれた。


 ―――次は、黙って通り過ぎてもらえない。

ただ、それだけだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

静かなまま、でも少しずつ段階が変わってきました。

この先で、世界のほうがどう動くのか——

よければ引き続き見守ってもらえると嬉しいです。

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※毎日19時更新

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