── 第26話─気づく側──
境目の街の朝は、いつもより静かだった。
夜の名残が通りに残り、人の動きは遅い。
露店が準備を始め、巡回が交代する。
いつも通りの風景――のはずだった。
◆
街の外れから、一人の旅人が入ってきた。
荷は少ない。
武器も目立たない。
服装も、歩き方も、ごく普通。
それなのに。
門番は声をかけるタイミングを逃した。
理由は分からない。
気づいたときには、旅人はもう通りを歩いていた。
◆
旅人は、街の中心へ向かわなかった。
広場も、噴水も、賑わう通りも避ける。
代わりに、裏道や路地を選んで歩く。
そこで起きていたのは――
口論しかけて、やめる人。
手を伸ばしかけて、引っ込める人。
理由もなく、終わるやり取り。
旅人は足を止めない。
ただ、一度だけ周囲を見回した。
「……ふむ」
それだけ言って、歩き続けた。
◆
一方、宿の二階。
レンは、窓辺で通りを眺めていた。
特別なことは、何もない。
人が歩き、声がして、街が動いている。
それなのに――
胸の奥に、引っかかるものがあった。
視線を感じたわけじゃない。
危険を察したわけでもない。
ただ、
見てはいけないものを見逃しそうな感覚。
◆
レンが一階へ降りたときだった。
宿の入口で、誰かと目が合う。
旅人だった。
一瞬だけ。
本当に一瞬。
旅人の視線が、レンで止まる。
それだけで、十分だった。
言葉はない。
表情も変わらない。
それなのに、レンは分かった。
(……この人、変だ)
◆
旅人は、先に視線を外した。
何事もなかったように、宿を出ていく。
レンは、その背中を見送った。
理由は分からない。
何をされたわけでもない。
それでも――
胸の奥の違和感だけが、消えなかった。
足元で、幼精霊が小さく揺れる。
まるで、
「気づいたな」と言うみたいに。
境目の街は、今日も穏やかだ。
喧嘩は起きない。
争いも始まらない。
だが、
“いつもと違う人間”が入ってきた。
それだけで、
街の空気は、確かに変わり始めていた。
境目の街で起きていることが、ようやく形になり始めました。
次回から、動く側の視点が増えていきます。
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