── 第25話─分類不能──
境目の街で起きている“異常”が、
ついに記録として残されました。
よろしければ、ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。
※毎日19時更新
境目の街の外縁。
宿屋や酒場の灯りが途切れた先に、柵で囲われた小さな詰所がある。
門番も看板もない。
ただ、入っていいのは「観測に関わる者」だけ――そういう場所だ。
夜明け前。詰所の奥で、水晶盤が淡く光っていた。
◆
観測官の若い男は、盤面を指でなぞった。
「敵意反応、あり。感情反応、あり。魔力反応、あり……」
読み上げる声は落ち着いているのに、最後だけ詰まった。
「……行動反応、なし」
机の上には、同じ書式の記録紙が三枚並んでいる。
昨日、一昨日、そして今日。
どれも同じだ。
“怒り”も“敵意”も“衝動”も、確かに出ている。
にもかかわらず――殴りかからない。刃を抜かない。声を続けない。
つまり。
「止めた形跡が無いのに、止まってる」
独り言みたいに口に出してしまい、観測官は舌打ちした。
隣にいた上官が、短く言う。
「結界は?」
「詰所の結界なら、今夜は落としてます。わざと」
「外部干渉は?」
「検出なし。痕跡も無し」
上官は顎に手を当てる。
「吸収、反射、抑制……どれでもない」
「はい。力が“働いた痕跡”が残らない。
だから、能力判定ができません」
観測官は、盤面の端に浮かぶ“現場印”を指した。
境目の街の中心街。
噴水のある広場。
宿の並ぶ通り。
――そして、最近の印が集中している小さな範囲。
「ここだけ、ずっと一定なんです。
揺れない。増えない。減らない」
「一定?」
「普通は、揉め事が起きる時間帯に波が立つ。
怒鳴り声でも、刃の抜き差しでも“痕跡”が出る。
でも、今は“立ち上がる直前の値”のまま止まってる」
上官が、ゆっくりと目を細めた。
「……“最後の一歩だけ”が起きていない」
観測官はうなずいた。
「はい。感情はそのまま。
ただ、行動に変わる瞬間だけ、成立しない」
上官が短く命じる。
「紙にまとめろ。上へ回す」
◆
報告書に書かれた文言は、いつもより少し長い。
『魔力反応:あり(継続)』
『感情反応:あり(敵意・苛立ち)』
『行動反応:なし(発生前停止)』
『干渉痕跡:なし(結界・術式・発動の痕跡確認できず)』
最後に、観測官は手を止めた。
ここからが怖い。
自分の言葉で、世界に“名前”を与えることになる。
だが、書かないわけにもいかない。
観測官は、呼吸を整えて書いた。
『結論:止めているのではなく、行動が成立していない』
『分類:不能(既存系統に該当せず)』
『注記:対象は自覚なしの可能性が高い』
上官が、それを受け取る。
「……分類不能、か」
上官は封印札を貼り、報告書を筒に入れた。
「ここから先は、俺たちの仕事じゃない」
観測官は喉が乾くのを感じた。
「……上が動きますか」
「動くだろうな」
上官は短く言う。
「境目の街で揉め事が起きない。
それ自体が、異常だ」
◆
同じ夜。
レンは宿の部屋で、窓の外を見ていた。
街灯の数。遠くの笑い声。巡回の足音。
“普通の街”なら、これで終わりだ。
けれど――今日の境目の街は、変だった。
昼間からずっと、視線が引っかかる。
誰かが口を開きかけて、やめる。
誰かが怒鳴りかけて、言葉が続かない。
誰かが剣に触れて、触れただけで終わる。
(俺が何かした?)
答えはすぐ出る。
していない。
何かを“やった感覚”がどこにもない。
なのに、結果だけが残る。
レンは、ふっと昔の記憶を思い出した。
前世。
人の輪の中で、嫌な目で見られて。
言葉を投げられて。
殴られるはずだったのに――
「……まあ、いいか」
相手がそう言って終わった。
何度も。何度も。
(あれも、同じだったのか……?)
背中が冷える。
怖いのは、力じゃない。
“理由が無い”ことだ。
◆
廊下の向こう、扉の外。
セイルが立っていた。
レンの部屋の前ではない。
少し離れた場所――“見張りの位置”だ。
(動いたな)
街の気配が、昼間と違う。
巡回の歩き方が固い。
視線が、探している。
(観測が回り始めた)
セイルは、境目の街に来た理由を思い出す。
村でも街道でも、起きたことは小さすぎて“偶然”にできた。
だが、境目の街は違う。
揉め事が起きるのが普通の場所。
そこが“起きない”なら、偶然では済まない。
――レンの周りだけ、整いすぎる。
セイルはそれを“証明するため”にここへ来た。
だが今、証明より先に別のものが進んでいる。
(証明される前に、回収される)
セイルは小さく息を吐いた。
守るだけでは足りない。
隠すだけでも無理だ。
次は、レン本人が“選ばされる”。
◆
夜明け前。
詰所の封筒は、無言の使いに渡された。
使いは馬にも乗らない。
荷も持たない。
ただ、封筒だけを懐に入れて、街の外へ消える。
境目の街の空は、いつも通り薄い灰色だ。
だが、街の仕組みはもう“いつも通り”に戻らない。
――翌日。
境目の街に、
「いつも来ない種類の来訪者」が現れる。
それは旅人の顔をしていて、
旅人のやり方では動かない。
そして最初に確かめるのは、喧嘩でも噂でもない。
“揉め事が起きない場所”の中心が、どこか。
読んでいただき、ありがとうございます。
境目の街の“異常”が、
記録される段階まで進みました。
続きも読んでもらえたら嬉しいです。




