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── 第25話─分類不能──

境目の街で起きている“異常”が、

ついに記録として残されました。

よろしければ、ブックマークで続きを追っていただけると嬉しいです。

※毎日19時更新

 


 境目の街の外縁。

 宿屋や酒場の灯りが途切れた先に、柵で囲われた小さな詰所がある。

 門番も看板もない。

 ただ、入っていいのは「観測に関わる者」だけ――そういう場所だ。

 夜明け前。詰所の奥で、水晶盤が淡く光っていた。

 

 

 観測官の若い男は、盤面を指でなぞった。

「敵意反応、あり。感情反応、あり。魔力反応、あり……」

 読み上げる声は落ち着いているのに、最後だけ詰まった。

「……行動反応、なし」

 机の上には、同じ書式の記録紙が三枚並んでいる。

 昨日、一昨日、そして今日。


 どれも同じだ。

 “怒り”も“敵意”も“衝動”も、確かに出ている。

 にもかかわらず――殴りかからない。刃を抜かない。声を続けない。

 つまり。

「止めた形跡が無いのに、止まってる」

 独り言みたいに口に出してしまい、観測官は舌打ちした。

 隣にいた上官が、短く言う。

「結界は?」

「詰所の結界なら、今夜は落としてます。わざと」

「外部干渉は?」

「検出なし。痕跡も無し」

 上官は顎に手を当てる。

「吸収、反射、抑制……どれでもない」

「はい。力が“働いた痕跡”が残らない。

 だから、能力判定ができません」

 

 観測官は、盤面の端に浮かぶ“現場印”を指した。

 境目の街の中心街。

 噴水のある広場。

 宿の並ぶ通り。

 ――そして、最近の印が集中している小さな範囲。

「ここだけ、ずっと一定なんです。

 揺れない。増えない。減らない」

「一定?」

「普通は、揉め事が起きる時間帯に波が立つ。

 怒鳴り声でも、刃の抜き差しでも“痕跡”が出る。

 でも、今は“立ち上がる直前の値”のまま止まってる」

 上官が、ゆっくりと目を細めた。

「……“最後の一歩だけ”が起きていない」

 観測官はうなずいた。

「はい。感情はそのまま。

 ただ、行動に変わる瞬間だけ、成立しない」

 上官が短く命じる。

「紙にまとめろ。上へ回す」

 

 

 


 報告書に書かれた文言は、いつもより少し長い。

『魔力反応:あり(継続)』

『感情反応:あり(敵意・苛立ち)』

『行動反応:なし(発生前停止)』

『干渉痕跡:なし(結界・術式・発動の痕跡確認できず)』

 最後に、観測官は手を止めた。

 ここからが怖い。

 自分の言葉で、世界に“名前”を与えることになる。

 だが、書かないわけにもいかない。

 観測官は、呼吸を整えて書いた。

『結論:止めているのではなく、行動が成立していない』

『分類:不能(既存系統に該当せず)』

『注記:対象は自覚なしの可能性が高い』

 上官が、それを受け取る。

「……分類不能、か」

 上官は封印札を貼り、報告書を筒に入れた。

「ここから先は、俺たちの仕事じゃない」

 観測官は喉が乾くのを感じた。

「……上が動きますか」

「動くだろうな」

 上官は短く言う。


「境目の街で揉め事が起きない。

それ自体が、異常だ」

 

 

 



 同じ夜。

 レンは宿の部屋で、窓の外を見ていた。

 街灯の数。遠くの笑い声。巡回の足音。

 “普通の街”なら、これで終わりだ。

 けれど――今日の境目の街は、変だった。

 昼間からずっと、視線が引っかかる。

 誰かが口を開きかけて、やめる。

 誰かが怒鳴りかけて、言葉が続かない。

 誰かが剣に触れて、触れただけで終わる。

(俺が何かした?)

 答えはすぐ出る。

 していない。

 何かを“やった感覚”がどこにもない。

 なのに、結果だけが残る。

 レンは、ふっと昔の記憶を思い出した。

 前世。

 人の輪の中で、嫌な目で見られて。

 言葉を投げられて。

 殴られるはずだったのに――

「……まあ、いいか」

 相手がそう言って終わった。

 何度も。何度も。

(あれも、同じだったのか……?)

 背中が冷える。

 怖いのは、力じゃない。

 “理由が無い”ことだ。

 

 

 廊下の向こう、扉の外。

 セイルが立っていた。

 レンの部屋の前ではない。

 少し離れた場所――“見張りの位置”だ。

(動いたな)

 街の気配が、昼間と違う。

 巡回の歩き方が固い。

 視線が、探している。

(観測が回り始めた)

 セイルは、境目の街に来た理由を思い出す。

 村でも街道でも、起きたことは小さすぎて“偶然”にできた。

 だが、境目の街は違う。

 揉め事が起きるのが普通の場所。

 そこが“起きない”なら、偶然では済まない。

 ――レンの周りだけ、整いすぎる。

 セイルはそれを“証明するため”にここへ来た。

 だが今、証明より先に別のものが進んでいる。


 (証明される前に、回収される)

 

 セイルは小さく息を吐いた。

 守るだけでは足りない。

 隠すだけでも無理だ。

 次は、レン本人が“選ばされる”。

 

 

 

 夜明け前。

 詰所の封筒は、無言の使いに渡された。

 使いは馬にも乗らない。

 荷も持たない。

 ただ、封筒だけを懐に入れて、街の外へ消える。

 境目の街の空は、いつも通り薄い灰色だ。

 だが、街の仕組みはもう“いつも通り”に戻らない。

 ――翌日。

 境目の街に、

 「いつも来ない種類の来訪者」が現れる。

 それは旅人の顔をしていて、

 旅人のやり方では動かない。

 そして最初に確かめるのは、喧嘩でも噂でもない。

 “揉め事が起きない場所”の中心が、どこか。

読んでいただき、ありがとうございます。

境目の街の“異常”が、

記録される段階まで進みました。

続きも読んでもらえたら嬉しいです。

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