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── 第23話─行動にならない衝動──

境目の街での一日を経て、

レン自身が「前と同じではない」と気づき始める回です。

よければ、ブックマークで続きを追ってもらえると嬉しいです。

※毎日19時更新

 


 夜の境目の街は、昼より静かだった。

 人は減り、通りの音もまばらになる。

 だが、完全に止まることはない。

 誰かが歩き、どこかで扉が閉まり、灯りが揺れる。

 俺は宿の部屋で、ベッドに腰を下ろしていた。

 

 今日一日、何も起きなかった。

 ――いや。

 正確には、起きるはずだったことが、いくつも途中で終わった。

 

 通りで止まった喧嘩。

 怒鳴り声を上げかけて、言葉を失った男たち。

 理由もなく、そこで終わった争い。

 

 俺は、両手を見る。

 何も変わらない。

 力が湧く感覚もない。

 何かを放った覚えもない。

 

(……前も、同じだった)

 

 はっきりした映像じゃない。

 けれど、確かな記憶だった。

 

 人が集まる場所。

 視線が集まる。

 言葉が向けられる。

 

「なんだよ、お前」

 

 前世で、何度も聞いた声。

 怒りや敵意は、確かにあった。

 喧嘩になるはずだった。

 殴られるか、殴り返すか――その直前。

 

 いつも、そこで止まった。

 

 相手は苛立ったままだった。

 顔も赤い。

 拳も握っている。

 それなのに。

 

「……まあ、いいか」

 

 そう言って、終わる。

 理由はない。

 納得もない。

 ただ、続かなかった。

 

(あれは……偶然だと思ってた)

 

 俺は、ずっとそう思っていた。

 運が良かっただけ。

 相手が気まぐれだっただけ。

 そう考えないと、説明がつかなかった。

 

 でも。

 

 村でも。

 街道でも。

 そして、この境目の街でも。

 

 同じことが起きている。

 

(俺が何かしたわけじゃない)

 

 セイルの言葉が、頭をよぎる。

 

『お前は、何もしていない』

『だが、起きようとしたことが起きない』

 

 俺は、ゆっくり息を吐いた。

 

(向けられた気持ちは、ある)

 

 怒りも、敵意も、消えていない。

 さっきの男たちも、怒っていた。

 

 でも。

 

 行動に変わらない。

 

 最後の一歩だけが、踏み出されない。

 

 足元で、幼精霊の気配が小さく揺れた。

 眠っているのか、起きているのか分からない。

 ただ、そこにいる。

 

 あの精霊も、同じだ。

 俺が呼んだわけじゃない。

 契約もしていない。

 それでも、離れない。

 

(……整ってる、ってこういうことか)

 

 静かすぎるわけじゃない。

 平和なわけでもない。

 

 衝突する前で、止まっている。

 

 それが、この街では隠れない。

 人が多いからだ。

 揉め事が起きるのが普通だからだ。

 

 だから、分かる。

 

(俺の近くだと、途中で終わる)

 

 その考えに、背中が冷えた。

 

 ドアの外で、足音が止まる。

 一瞬だけ。

 誰かが、こちらを見た気配。

 

 すぐに離れていった。

 だが、確かにあった。

 

 セイルの言葉が、はっきりと思い出される。

 

『ここまで来たら、見られる』

『気づく側が、必ず出る』

 

 俺は天井を見上げた。

 

 まだ、何も起きていない。

 でも。

 

 何も起きないこと自体が、もう目立っている。

 

 前世では、見過ごされた。

 この街では、見過ごされない。

 

 境目の街は、そういう場所だ。

 隠れられない場所だ。

 

 

―『ここは、隠れられない』


セイルの言葉が、今になって重く残っていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

静かな回が続きますが、少しずつ輪郭が見え始めています。

気に入っていただけたら、ブックマークしてもらえると励みになります。

※毎日19時更新

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