── 第22話─成立しない意思──
少しずつ、街の“違和感”が輪郭を持ち始めます。
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※毎日19時更新
境目の街の中心を外れると、空気が少し軽くなった。
露店の呼び声も、荷車の軋みも遠ざかる。
ただ、輪郭だけが薄くなる。
セイルが歩調を落とした。
俺も合わせる。
「レン」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
「確認しておきたい。お前は――自分で、何かしている自覚はあるか」
俺は首を横に振った。
「ないです。……何も」
嘘じゃない。
祠のときも、宿場のときも、街に入ってからも。
俺は“やろう”としていない。
セイルは少し黙った。
俺の答えを疑っている、という沈黙じゃない。
その答えが一番厄介だ、と言っている沈黙だった。
「なら、次だ」
セイルは視線を前に戻す。
「お前は、この街に入ってから――“自分の周りが不自然に整っている”と感じたか」
俺は言葉に詰まった。
整っている。
そう言われれば、そうだ。
ぶつからない。
揉めない。
声が荒れても、続かない。
でも――それを“俺のせい”とは、思えない。
「……分からないです。人が多い街って、こういうものかと」
セイルが、短く息を吐いた。
「普通は違う」
きっぱり言った。
「境目の街は、人が集まる。
行き場のない連中も、腕に覚えのある連中も、いくらでもいる」
その言い方だけで、どんな街か分かる。
見張りがいくらいても、揉め事がゼロになる場所じゃない。
「……じゃあ、なんで」
俺が聞きかけると、セイルは遮らない。
ただ、先に答えを置いた。
「だから、お前をここに連れてきた」
その一言で、背筋が少し冷えた。
「村では、起きたことが小さい。
街道でも、偶然で済まされる」
一拍。
「ここなら、偶然では済まない」
言葉の意味は、すぐ分かった。
ここは、何かが必ず起きる場所。
そこが“起きない”なら、原因がある。
そして――原因が“俺の近く”にあるなら、逃げ場はない。
◆
通りの向こうで、急に声が荒くなる。
男が二人。
距離が詰まり、肩がぶつかりそうになる。
「てめ――」
言葉が出かかった瞬間。
男の口が、そこで止まった。
怒りが消えたわけじゃない。
顔は赤いままだ。
拳も握っている。
なのに、次の言葉が続かない。
「……いや」
片方が目をそらす。
「……まあ、いい」
もう片方も、同じように息を吐く。
終わった。
納得も、謝罪もない。
ただ、続かなかった。
その場にいた周囲の人間は、少しだけ首を傾げて、すぐ別の会話に戻った。
異常を異常として扱わない。
この街の“慣れ”が、逆に怖い。
俺は自分の手を見る。
(俺は、今……)
何かをしたか?
していない。
じゃあ、なぜ止まった?
偶然?
……さっきから偶然が多すぎる。
答えになりそうなものが一つだけある。
(俺の近くだと――)
言い切れない。
言い切った瞬間、現実になる気がした。
足元で、幼精霊の気配が揺れる。
いつもより近い。
寄り添うわけでもなく、触れるでもない。
ただ、いる。
まるで――
俺の周りに“できたもの”を、確かめているみたいに。
セイルはその気配を見て、視線を細めた。
「精霊が留まる理由も、普通じゃない」
「契約は……してないです」
「ああ。だから問題なんだ」
セイルは、言い方を少しだけ変える。
「お前は、精霊を呼んでいない。
魔獣も追い払っていない。
人も黙らせていない」
一つずつ確認するように言って、最後に落とす。
「だが、起きようとしたことが起きない」
胸の奥が、ざわつく。
それが“力”なら、まだ分かる。
剣で斬る、魔法で焼く。
対策のしようがある。
でもこれは――
始まる前に終わっている。
セイルが歩き出した。
俺も続く。
「……どうなるんですか」
聞いた自分の声が、思ったより乾いていた。
セイルは前を見たまま答える。
「俺にも分からない」
正直な答えだった。
だからこそ、怖い。
「ただ、分かっていることが一つある」
セイルは足を止めずに言う。
「ここまで来たら、見られる。
“気づく側”が、必ず出る」
気づく側。
街の人じゃない。
管理帳をつける連中でもない。
もっと上――
この世界の“分類”を握っている側。
俺は息を飲む。
セイルは、最後にそれだけ付け足した。
「お前が望もうが望むまいが、次は“向こう”から来る」
境目の街は、今日も賑やかだ。
笑い声も、怒鳴り声もある。
なのに、俺の近くだけ。
何かが、途中でほどけていく。
それが優しさなのか、呪いなのか。
まだ名前はつけられない。
ただ一つだけ。
――この街は、隠してくれない。
隠れないまま、
誰かの視線が、確実にこちらへ向き始めていた。
ここまで何度も推敲を重ねながら、
「何も起きないことの不気味さ」をどう描くかを探ってきました。
ようやく、次に“気づく側”へ繋がる位置まで来た感覚があります。
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