── 第21話─記録に残らない違和感──
境目の街に入り、
表向きは何も起きていない――はずの時間が続いています。
今回は、街の側から見た「違和感」と、
まだ名前を与えられない“兆し”の話です。
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境目の街の管理帳をつけて、もう十年以上になる。
喧嘩、揉め事、盗難未遂。
多い日は、午前中だけで三件は報告が上がる。
それが――
今日に限って、何もない。
◆
帳面をめくる。
昨日の欄にも、今日の欄にも、同じ文字が並んでいる。
「特記事項なし」
間違いじゃない。
実際、苦情は来ていない。
通行人同士の口論もなかった。
露店の値切りが揉めることもない。
護衛が剣に手をかけた形跡すらない。
……助かる。
仕事としては、間違いなく助かっている。
なのに。
「静かすぎるな」
隣の机で、同僚が同じことを呟いた。
こちらを見るでもなく、帳面を見つめたまま。
「昨日も、こんな感じだったか?」
「……ああ。たぶんな」
どちらも、確信がない。
記録は残っている。
数字も合っている。
それでも、
一日が、きれいに繋がっていない感覚が残る。
◆
街を歩く。
人はいる。
声もある。
ただ、ぶつからない。
誰かが早足になれば、自然に道が空く。
言葉が強くなりかけると、続きを言わない。
原因を探す気にはならなかった。
探したところで、
「特別な何か」が見つかる気がしない。
「まあ、こういう日もあるか」
自分に言い聞かせるように呟いて、歩き続ける。
それ以上、考えなかった。
考えない方が、街はうまく回っている。
◆
――同じ頃。
街から少し離れた場所で、
一人の観測係が、水晶盤を見つめていた。
「……出ない?」
数値はゼロではない。
だが、増減もしない。
揺らぎも、反応もない。
本来、何かが起きれば――
魔力でも、意思でも、必ず痕跡が残る。
なのに。
「結果だけが、先にある……?」
盤面を叩き、再計測する。
同じ。
攻撃反射ではない。
吸収でもない。
抑制でも、干渉でもない。
向けられたはずの“意思”が、成立していない。
「……分類不能」
記録用紙に、そのまま書き込む。
報告は上げる。
判断は、上がする。
自分はただ、事実を書くだけだ。
だが――
「……こんな例、あったか?」
問いは、宙に残った。
◆
境目の街では、今日も何事もなく日が暮れていく。
人々は、それを平和だと思っている。
管理帳には、また一行。
「特記事項なし」
誰も気づいていない。
意思が、行動になる前でほどけていることに。
そしてそれが、
“珍しくない街”で起きているという事実だけが、
静かに積み重なっていった。
――何も起きない。
それ自体が、
異常だと気づく者は、まだ少ない。
街の側にも、少しずつ違和感が出始めました。
まだ何も起きていませんが――それ自体が変化です。
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