── 第20話─何も起きないという異常──
境目の街に入り、少しずつ違和感が形になり始めます。
何も起きない――その異常に、ようやく輪郭が出てくる回です。
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境目の街に入ってから、しばらくが経っていた。
人は多い。
音もある。
流れも、確かに動いている。
それなのに――
引っかかる。
街が静かになったわけじゃない。
むしろ、賑わっている部類だ。
だが、衝突が起きない。
ぶつかりそうになれば、自然に道が空く。
言い争いは声を荒げる前に終わる。
誰かが疑問を持っても、それを掘り下げない。
まるで、
「続ける理由」だけが、どこかで失われている。
俺は歩きながら、周囲を観察していた。
商人の呼び声。
護衛の視線。
街に特有の、警戒と計算。
どれも、存在している。
消えてはいない。
だが――
成立していない。
前を歩くレンの背中を見る。
緊張している様子はない。
警戒しているわけでもない。
ただ、歩いているだけだ。
それが、余計に分からない。
力を持つ者は、必ず痕跡を残す。
魔力なら歪みが出る。
呪いなら濁りが出る。
精神干渉なら、反発が出る。
だが、レンの周囲には――
何もない。
異常があるのに、異常の形がない。
通りの端で、露店の男が一瞬こちらを見た。
警戒。
値踏み。
拒絶。
そのどれかになるはずの視線が、
途中で止まる。
男は、何かを考えかけた顔のまま、
結局、何も言わずに仕事へ戻った。
俺は、そこで確信に近い感覚を得た。
これは、抑制じゃない。
制圧でもない。
判断が、最後まで届いていない。
レンが何かをしているわけじゃない。
だが、彼の近くでは――
「向けた意思」が、形になる前にほどけている。
こんな現象は、記録にない。
少なくとも、俺は知らない。
上に報告されている例にも、該当しない。
つまり――
規格外だ。
レンが振り返り、こちらを見る。
「……何か、変ですか」
問いというより、確認だった。
俺は一瞬、言葉を選ぶ。
「いや」
正直に言う。
「まだ、分からない」
それは誤魔化しじゃない。
本心だった。
街は動いている。
人も、魔獣も、感情も存在している。
ただ――
衝突だけが起きない。
境目の街は、本来もっと荒れる。
だからこそ、ここは「境目」なのだ。
流れが交わり、噛み合わず、
必ずどこかで摩擦が生まれる。
それがないということは。
俺は、レンの背中をもう一度見た。
守る必要があるから、連れてきたわけじゃない。
利用するつもりでもない。
ただ――
ここでなら、隠れないと思った。
この街は、誤魔化さない。
だからこそ、
何も起きない異常が、はっきり見える。
レンは、まだ知らない。
自分が、
「争いを止めている」のではなく、
「争いを成立させていない」ことを。
そして俺も、まだ知らない。
この在り方が、
どこまで世界を歪めるのかを。
何度も組み直しながら、ようやくこの形に落ち着きました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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