── 第2話魔力炉暴走 ― “ゼロ”と呼ばれた少年が救う──
レンが物心ついてきた頃には、
すでに“村の空気”というものを理解していた。
自分を見る目が、他の子どもたちへ向けるそれとは違うことも。
原因は分かっている。
俺は魔力を「吸ってしまう」からだ。
火が消える。灯りが揺らぐ。
誰かが、見よう見まねで魔力を込めた道具を使おうとすると、なぜか失敗する。
村には魔法使いはいない。
魔法は街で訓練を受けた者が扱う“よそ行きの技術”だ。
だからこそ、
説明のつかない出来事が起きると、村人は“分かりやすい理由”を探す。
──レンが近くにいたからだ。
その、小さな積み重ねが誤解を大きくしていった。
◆村の囁きと、リナの言葉
朝の通りを歩いていると、背中に小さな声が刺さる。
「レンが通ると火が揺れるらしいよ……」
「やっぱり魔力を食うんだよ、あの子」
俺は下を向いて通り過ぎる。
気づかないふりには慣れていた。
そのとき、袖をちょん、と引かれた。
「レン、気にしないの」
振り向くと、リナが朝日に照らされて微笑んでいた。
「火なんてまた点ければいいし。
レンが悪いわけじゃないよ?」
「……でも、俺の近くで起こってるんだ」
「それでも、だよ」
リナは俺の半歩前に出て歩き出す。
まるで、“前に立ってくれる盾”のように。
「私は知ってるもん。レンが誰より優しいって」
(守られてるのは……俺の方だよな)
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
◆魔法書と、“外の魔力”
その日の夕方、家に帰ると、
父の作業机の端に古びた本が置かれているのに気づいた。
革表紙で、表題は擦れて読めない。
「……この本、なに?」
「それか?」
父が苦笑した。
「旅の商人が“魔法書だ”って言っててな。
安かったから買ってみたが……正直、さっぱりだ」
魔法書。
村ではまず見ない代物だ。
ページを開くと、奇妙な図形と文字が並んでいる。
意味は分からないはずなのに、胸の奥がざわついた。
(……なんだ、この感じ)
理解できているわけじゃない。
けれど、魔力の流れを示したような線や図を見ていると、
頭のどこかが“反応する”気がした。
「これ、魔力って……どういう仕組みなの?」
ぽつりと聞くと、父は少しだけ困った顔になった。
「本来は、外にある魔力を体の中に取り込んで、
術式ってやつで形を変えるらしい。……らしい、だ。
俺たちには縁遠い話さ」
魔力をまともに扱える人間はそう多くない。
ましてや、村で教えを受けた者など一人もいない。
それでも、本を閉じながら、思わず口にしていた。
「……外から取り込む、のか」
「ん?」
「俺が吸うのってさ……“外の魔力”だけなんじゃないかなって」
父は目を丸くした。
確かに、俺が誰かを弱らせたことは一度もない。
人の体調が急に悪くなったりもしていない。
消えているのは、いつも“周囲に漂っている力”だけだ。
「……もしそうなら――」
父が続きを言おうとした、そのときだった。
◆鍛冶小屋の魔力炉暴走
「ギルスの鍛冶炉が暴れてるぞ!!」
「魔力炉が爆ぜるかもしれん! 誰か来てくれ!!」
外から、切羽詰まった叫び声が響いた。
父は立ち上がり、慌てて外套を掴む。
「レン、家にいなさい。危ない」
「……行くよ。俺、分かる気がするんだ」
胸の奥で、さっき魔法書を見たときと同じ“流れ”を感じる。
父が制止の言葉を探すより早く、俺は駆け出していた。
鍛冶小屋は熱気と叫びで満ちていた。
「離れろ! 近づくな!!」
鍛冶屋ギルスの怒鳴り声。
炉の奥からは、青白い光が噴き上がっている。
魔力炉――
本来は、旅の魔法使いに刻印を施してもらった“小さな便利道具”だ。
外の魔力を少しだけ取り込んで、火力を安定させる。
だが今、その刻印がうまく動いていない。
「水かけたけど、火が暴れるばっかりだ!」
「前に刻んでもらった制御の紋が、ぜんぜん効いてねぇ!」
叫ぶ村人たち。
誰も、正しい対処法を知らない。
(……強い。濃い自然魔力……)
昨日までなら、ただ怖かったかもしれない。
けれど今は、魔法書の図と重なる。
“外の魔力を取り込んで、別の形に変える”。
俺の場合は――取り込んだまま、どこかに“落とす”。
一歩踏み出した瞬間、後ろからざわめきが上がる。
「レンが来たぞ……」
「また魔力を食う気か?」
(違う……そんなつもりじゃない)
胸がざわつく。
前世の痛みと、今の視線が重なった。
足が止まりかけたところで、
横から手を掴まれる。
「レン。行って」
振り向くと、リナが真剣な顔で俺を見ていた。
「怖がってるのは、みんなの方だよ。
助けられるなら、レンが行って」
その言葉に、迷いが少しだけ薄れた。
「……分かった」
炉の前に立つ。
青白い魔力が牙のように飛びかかってきた。
バシュッ!!
胸の奥へ、鋭い熱が流れ込む。
焼けるような感覚。だけど――耐えられないほどじゃない。
(……やっぱり、“外にあふれた魔力”だ)
両手を炉にそっと触れさせる。
暴れていた光が引き潮のように弱まり、
やがて、嘘みたいに静かになった。
沈黙。
「……止まった、のか?」
ギルスが呆然とつぶやく。
「魔力が……消えた?」
「全部、あの子が吸ったのか……」
後ろで誰かが小さく言う。
胸がきゅっと痛む。
(また、怖がられる……)
そう思った瞬間、背中に勢いよく何かがぶつかった。
「レン!!」
リナが飛びついてきた。
「本当に……ありがとう。
みんな、助かったよ!」
涙ぐみながら笑う声だけが、まっすぐ胸に届く。
ギルスも、しばらくしてから深く息を吐いた。
「……助かった。命拾いしたよ、レン」
そう言って、不器用に頭をかいた。
恐れの視線と、感謝の言葉。
二つが混ざった空気の中で、
俺はどう顔をしていいか分からず、ただ息を吐いた。
◆天界からの“観測”
その様子を、別の場所から見ている存在がいた。
地上と天界の境目に漂う、薄い魔力層。
そこに、ひとつの影が立っている。
魂処理官・エルド。
天界の端末に、“分類不能”の小さな揺らぎが点滅した。
「……ん? ログの取りこぼしか?」
魂処理官エルドは一瞬だけ画面を眺めたが、
すぐに「まあいいか」と肩をすくめ、通知を消した。
そのまま、何事もなく書類仕事へ戻っていった。




