── 第19話─異常が日常になる前に──
境目の街に入り、
何も起きない――はずなのに、
どこかおかしい時間が続いています。
少しずつ、世界の反応がズレ始める回です。
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境目の街は、昼に近づくにつれて人が増えていた。
露店の声が重なり、荷車が道を塞ぎ、子どもが走り回る。
どこにでもありそうな光景だ。
それでも――
街道から続くこの一角だけ、妙に整っている。
◆
通りを歩いていると、露店の男が俺たちを見て手を止めた。
呼び止めるでもない。
警戒するでもない。
ただ、一瞬だけ考え込むような顔をしてから、仕事に戻る。
「……あれ?」
隣で、客の女が首を傾げる。
「今、値段言いかけたよね?」
「言ったつもりだったんだがな」
二人は顔を見合わせ、曖昧に笑った。
それ以上、話は広がらない。
◆
路地の角で、二人組が言い争っていた。
声は荒れている。
言葉も強い。
だが、俺たちが近づくと――
二人とも、同時に言葉を切った。
「……まあ、いいか」
「そうだな」
理由もなく、そこで終わる。
納得したわけでも、謝ったわけでもない。
ただ、続かなかった。
◆
俺は、足元を見る。
幼精霊は、いつもより近い位置にいた。
それでも触れない。
並ぶでもない。
気配だけが、薄く重なっている。
「……街だと、距離が変わるんですね」
小さく言うと、セイルが一歩だけ歩調を緩めた。
「街は、均されやすい」
それだけだった。
◆
広場に出ると、噴水の前に人が集まっていた。
子どもが水をかけ合い、老人がそれを眺めている。
笑い声はある。
けれど、騒ぎすぎない。
「今日は穏やかだな」
誰かが言う。
「昨日まで、こんな感じじゃなかったはずだが」
「まあ、たまにはあるだろ」
そう言って、話は終わる。
◆
俺は気づく。
誰も「原因」を探していない。
異変は、起きている。
だが、それを異変として扱わない。
この街では、
それ自体が普通なのかもしれない。
◆
「……どうして、ここに連れてきたんですか」
歩きながら、聞いた。
セイルは前を見たまま答える。
「ここは、止められない」
「何を?」
「流れを」
短い答えだった。
「村なら、留められる。
街道でも、まだ抑えられる」
一拍置く。
「だが、ここでは――
隠れない」
◆
俺は、周囲を見回した。
人がいる。
音がある。
動きがある。
それなのに、
どこか欠けたような静けさがある。
「……俺は、何かしてますか」
自分でも、答えは分からない。
セイルは、ほんの少しだけ視線を向けた。
「していない」
即答だった。
「だが、起きている」
◆
幼精霊が、足元で小さく揺れた。
街の喧騒の中で、それはほとんど目立たない。
それでも、確かにそこにいる。
俺は、ようやく理解し始めていた。
ここでは、
“何かを起こす力”よりも、
“何も起こさせない在り方”のほうが、
よほど目につくのだと。
境目の街は、
そういうものを、隠してはくれなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
派手な出来事はないけれど、
「何も起きない」こと自体が、少しずつ形を持ち始めています。
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