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── 第19話─異常が日常になる前に──

境目の街に入り、

何も起きない――はずなのに、

どこかおかしい時間が続いています。

少しずつ、世界の反応がズレ始める回です。

気に入っていただけたら、ブックマークしてもらえると励みになります。



 境目の街は、昼に近づくにつれて人が増えていた。

 露店の声が重なり、荷車が道を塞ぎ、子どもが走り回る。

 どこにでもありそうな光景だ。

 それでも――

 街道から続くこの一角だけ、妙に整っている。

 

 

 通りを歩いていると、露店の男が俺たちを見て手を止めた。

 呼び止めるでもない。

 警戒するでもない。

 ただ、一瞬だけ考え込むような顔をしてから、仕事に戻る。

「……あれ?」

 隣で、客の女が首を傾げる。

「今、値段言いかけたよね?」

「言ったつもりだったんだがな」

 二人は顔を見合わせ、曖昧に笑った。

 それ以上、話は広がらない。

 

 

 路地の角で、二人組が言い争っていた。

 声は荒れている。

 言葉も強い。

 だが、俺たちが近づくと――

 二人とも、同時に言葉を切った。

「……まあ、いいか」

「そうだな」

 理由もなく、そこで終わる。

 納得したわけでも、謝ったわけでもない。

 ただ、続かなかった。

 

 

 俺は、足元を見る。

 幼精霊は、いつもより近い位置にいた。

 それでも触れない。

 並ぶでもない。

 気配だけが、薄く重なっている。

 

「……街だと、距離が変わるんですね」

 小さく言うと、セイルが一歩だけ歩調を緩めた。

「街は、均されやすい」

 それだけだった。

 

 

 広場に出ると、噴水の前に人が集まっていた。

 子どもが水をかけ合い、老人がそれを眺めている。

 笑い声はある。

 けれど、騒ぎすぎない。

「今日は穏やかだな」

 誰かが言う。

「昨日まで、こんな感じじゃなかったはずだが」

「まあ、たまにはあるだろ」

 そう言って、話は終わる。

 

 

 俺は気づく。

 誰も「原因」を探していない。

 異変は、起きている。

 だが、それを異変として扱わない。

 この街では、

 それ自体が普通なのかもしれない。

 

 

「……どうして、ここに連れてきたんですか」

 歩きながら、聞いた。

 セイルは前を見たまま答える。

「ここは、止められない」

「何を?」

「流れを」

 短い答えだった。

「村なら、留められる。

 街道でも、まだ抑えられる」

 一拍置く。

「だが、ここでは――

 隠れない」

 

 

 俺は、周囲を見回した。

 人がいる。

 音がある。

 動きがある。

 それなのに、

 どこか欠けたような静けさがある。

 

「……俺は、何かしてますか」

 自分でも、答えは分からない。

 セイルは、ほんの少しだけ視線を向けた。

「していない」

 即答だった。

「だが、起きている」

 

 

 幼精霊が、足元で小さく揺れた。

 街の喧騒の中で、それはほとんど目立たない。

 それでも、確かにそこにいる。

 

 俺は、ようやく理解し始めていた。

 ここでは、

 “何かを起こす力”よりも、

 “何も起こさせない在り方”のほうが、

 よほど目につくのだと。

 

 境目の街は、

 そういうものを、隠してはくれなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

派手な出来事はないけれど、

「何も起きない」こと自体が、少しずつ形を持ち始めています。

続きを気に入ってもらえたら、

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