── 第17話─距離を測る獣──
境目へ向かう道中での、小さな出来事です。
派手な事件はありませんが、
この世界の「距離感」が、少しだけ見えてくる回になっています。
※毎日19時更新
境目の街が近づくにつれ、街道の両脇は深くなっていた。
人の往来はあるが、森はすぐそこだ。
◆
セイルが足を止めた。
俺も止まる。
視線の先、草の陰が揺れた。
――灰色。
犬より小さく、丸まった背中。
毛並みは粗く、どこか幼い。
魔獣だとわかった。
それでも、襲ってこない。
低く身構えたまま、こちらを見ている。
◆
魔獣は一歩も街道に踏み出さない。
草の縁で止まり、首を傾げる。
距離を測るように、じっとこちらを見ている。
幼精霊が、気づかないほど小さく揺れた。
その瞬間、魔獣の肩から力が抜けた。
張りつめていた背中が、少し丸くなる。
それだけで、敵意がないことが分かった。
◆
俺は、何もしていない。
手も伸ばしていない。
ただ、立っているだけだ。
それでも、魔獣は一歩下がった。
逃げるほどでもなく、近づくでもなく。
◆
セイルが、何も言わずに様子を見ている。
止めもしない。
促しもしない。
しばらくして、魔獣は地面に腹をつけた。
伏せる、というより、力を抜いたような動き。
◆
次の瞬間、幼精霊がふっと後ろへ下がった。
魔獣はそれを見て、立ち上がる。
一歩、二歩。
そして、森へ消えた。
◆
街道には、何も残らなかった。
セイルが歩き出す。
俺も続く。
「……さっきの」
言いかけて、やめた。
セイルは振り返らない。
ただ一度だけ、言った。
「覚えておけ」
それだけだった。
街道は、また静かだった。
さっきまで、何かがそこにいた気配だけを残して。
街道での出来事は、ほんの一瞬でした。
けれど、レンにとっても、周囲にとっても、
確実に「何か」が伝わった場面だったと思います。
次は、境目の街に入ってからの話になります。
引き続き、読んでいただけたら嬉しいです。
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