表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

── 第16話─静まりゆく通り道──

境目の宿場で迎える朝。

何も起きないはずの時間に、

小さな違和感だけが残り始めていました。


※毎日19時更新

 



 夜が明けきる前、宿場はすでに動き始めていた。

 荷車の軋む音。

 火を起こす匂い。

 低い声が重なり、朝が形を作っていく。

 俺は窓際に立ち、外を眺めていた。

 特別なことは、何もない。

 旅人が動き、商いが始まる。

 ただそれだけの朝――のはずだった。

 

 

 一階へ降りると、食堂はすでに半分ほど埋まっていた。

 行商人、護衛らしき男、寝不足そうな旅人。

 それぞれが勝手な方向を向き、朝食を取っている。

 俺とセイルは、空いている席に腰を下ろした。

 幼精霊は姿を見せず、足元の気配だけが残っている。

 しばらくして、隣の卓から小声が漏れた。

「……今日は、静かじゃないか」

「確かに。朝はもっと荒れるはずだろ」

「馬も落ち着いてる。昨日から、妙だ」

 世間話の延長のような調子だった。

 誰も原因を探ろうとはしない。

 俺は、パンをちぎりながら聞いていた。

 理由を考えるほどの違和感は、まだない。

 

 

 宿を出ると、通りには昨日より人が多かった。

 それでも、押し合うような混雑はない。

 声が交差しても、自然に道が空く。

「……変だな」

 少し前を歩くセイルが、低く呟いた。

「何がですか」

「この宿場は、もっと荒れる」

 それ以上は言わない。

 歩調を変えず、先へ進む。

 通りの端で露店を出していた商人が、声をかけてきた。

「今日は助かるよ。

 朝から揉め事が一つもない」

「珍しいんですか」

「そりゃな。

 人が集まれば、必ず何か起きる場所だ」

 笑って肩をすくめ、商人は仕事に戻っていった。

 

 

 俺は、無意識に足元へ視線を落とした。

 幼精霊は、少し後ろ。

 人の流れを避けるように、一定の距離を保っている。

 近づかない。

 けれど、離れもしない。

 その周囲だけ、空気が軽い。

 そう感じる理由は、分からない。

 


 

 気のせいだと思おうとした。

だが、そう片づけるには、感覚がはっきりしすぎていた。

 

 

 街道へ向かう途中、道脇で言い争っていた二人組がいた。

 声は荒れている。

 腕も振り上がっている。

 けれど――

 俺たちが通り過ぎた瞬間、二人は言葉を止めた。

「……なんだ?」

「いや、今……」

 互いに距離を取り、それ以上は何も起きない。

 俺は、足を止めていた。

 何かをした覚えはない。

 ただ、近くを通っただけだ。

 

 

「見るな」

 前を歩いていたセイルが、低く言った。

「……はい」

「今は、まだいい」

 振り向かないまま、それだけ告げる。

 俺は視線を落とし、歩き出した。

 

 

 街道の先に、境目の街が見え始める。

 高い壁も、派手な門もない。

 人が集まり、流れていくための場所。

 俺は、まだ分かっていない。

 自分が何をしているのか。

 何が変わっているのか。

 


 ただ――

 通り過ぎた場所が、少し静かになる。

 それだけは、確かだった。

 セイルは何も言わない。

 


 幼精霊も、ただついてくる。

 世界のほうが、先に反応し始めていた。

読んでいただき、ありがとうございます。

境目の街編、もう少し続きます。


※毎日19時更新

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ