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── 第15話─境目の宿場町──

村を出て、最初に辿り着いた場所。

大きな事件は起きませんが、レンにとっては少しずつ違いが見え始める回です。


ゆっくり進みますが、お付き合いいただければ嬉しいです。


※毎日19時更新



 街道沿いの宿場は、思っていたより整っていた。


 荷車が数台、壁際に並び、旅人たちが簡単な食事を取っている。

 声はあるが、荒れてはいない。

 人が多いわりに、空気が落ち着いている。


 村より人は多いが、それほど雑多でもない。


 人の出入りがあり、境界に近い場所。

 そう聞いていたわりに、空気は落ち着いている。


 ――境目。


 その言葉が、少しだけ現実味を帯びた。



 



 


「今日は、ここまでだ」


 セイルはそれだけ言い、宿へ向かう。

 立ち止まらないし、振り返らない。


 俺は一拍遅れて、周囲を見回した。


 知らない顔ばかりだ。

 けれど、こちらを警戒する視線はない。


 


 宿の裏手で、馬を繋いでいた男が、ふと首を傾げた。


「……急に静かになったな」


 男の手元では、先ほどまで落ち着きなく動いていた馬が、

 今はじっと大人しく立っていた。


「さっきまで、蹴られそうなほどだったんだけどな...」


 理由が分からないまま、男は首を振って離れていった。


 



 


 俺は、何もしていない。


 歩いてきて、立っていただけだ。


 それなのに、

 ここに入ってから、似たような場面がいくつか続いている。


 足元に気配を感じる。


 幼精霊が、少し離れた位置に留まっていた。

 人の流れを避けるように、だが離れすぎない。


 宿場のざわめきの中では、ほとんど目立たない。

 けれど、近くの空気だけが、妙に整っている。


 


「……あまり目を引くな」


 背後から、セイルの声。


 責める調子ではない。

 ただ、事実として告げているだけだった。


「はい」


 そう答えると、セイルはそれ以上何も言わない。


 



 


 食堂では、旅人たちが雑談をしている。


 次の街道の話、物価の話、天候の愚痴。

 誰も俺たちに関心を向けない。


 ここでは、人も事情も入り混じっている。

 多少の違和感があっても、

 いちいち立ち止まって確かめる者はいない。


 


 配膳の合間、子どもが一人、こちらを見ていた。


 正確には――俺の足元を。


「……なんか、きれい」

そう言って足元を見つめた。


 ぽつりとそう言って、すぐに母親に連れて行かれる。


 それ以上、何も起きない。


 



 


 部屋に入る前、セイルが足を止めた。


「明日には、境目の街に入る」


「はい」


「そこでは、今より人が増える」


 一拍置いて、続ける。


「そこで、何も起きないとは限らない」


 淡々とした声だった。

 脅しでも、忠告でもない。


「分かりました」


 


 部屋に入ると、幼精霊は窓際に留まった。

 外へ逃げるでもなく、寄ってくるでもない。


 今日も、変わらない距離だ。


 


 村を出て、初めての夜。


 何も起きなかった。


 


 ――そして、

自分がいることで“何かが静まっている”のだと、

少しずつ分かり始めていた。


今回は宿場で一息つく回でした。

大きな出来事はありませんが、レンの変化が静かに続いています。


次は境目の街へ進みます。


※毎日19時更新

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