── 第15話─境目の宿場町──
村を出て、最初に辿り着いた場所。
大きな事件は起きませんが、レンにとっては少しずつ違いが見え始める回です。
ゆっくり進みますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
※毎日19時更新
街道沿いの宿場は、思っていたより整っていた。
荷車が数台、壁際に並び、旅人たちが簡単な食事を取っている。
声はあるが、荒れてはいない。
人が多いわりに、空気が落ち着いている。
村より人は多いが、それほど雑多でもない。
人の出入りがあり、境界に近い場所。
そう聞いていたわりに、空気は落ち着いている。
――境目。
その言葉が、少しだけ現実味を帯びた。
◆
「今日は、ここまでだ」
セイルはそれだけ言い、宿へ向かう。
立ち止まらないし、振り返らない。
俺は一拍遅れて、周囲を見回した。
知らない顔ばかりだ。
けれど、こちらを警戒する視線はない。
宿の裏手で、馬を繋いでいた男が、ふと首を傾げた。
「……急に静かになったな」
男の手元では、先ほどまで落ち着きなく動いていた馬が、
今はじっと大人しく立っていた。
「さっきまで、蹴られそうなほどだったんだけどな...」
理由が分からないまま、男は首を振って離れていった。
◆
俺は、何もしていない。
歩いてきて、立っていただけだ。
それなのに、
ここに入ってから、似たような場面がいくつか続いている。
足元に気配を感じる。
幼精霊が、少し離れた位置に留まっていた。
人の流れを避けるように、だが離れすぎない。
宿場のざわめきの中では、ほとんど目立たない。
けれど、近くの空気だけが、妙に整っている。
「……あまり目を引くな」
背後から、セイルの声。
責める調子ではない。
ただ、事実として告げているだけだった。
「はい」
そう答えると、セイルはそれ以上何も言わない。
◆
食堂では、旅人たちが雑談をしている。
次の街道の話、物価の話、天候の愚痴。
誰も俺たちに関心を向けない。
ここでは、人も事情も入り混じっている。
多少の違和感があっても、
いちいち立ち止まって確かめる者はいない。
配膳の合間、子どもが一人、こちらを見ていた。
正確には――俺の足元を。
「……なんか、きれい」
そう言って足元を見つめた。
ぽつりとそう言って、すぐに母親に連れて行かれる。
それ以上、何も起きない。
◆
部屋に入る前、セイルが足を止めた。
「明日には、境目の街に入る」
「はい」
「そこでは、今より人が増える」
一拍置いて、続ける。
「そこで、何も起きないとは限らない」
淡々とした声だった。
脅しでも、忠告でもない。
「分かりました」
部屋に入ると、幼精霊は窓際に留まった。
外へ逃げるでもなく、寄ってくるでもない。
今日も、変わらない距離だ。
村を出て、初めての夜。
何も起きなかった。
――そして、
自分がいることで“何かが静まっている”のだと、
少しずつ分かり始めていた。
今回は宿場で一息つく回でした。
大きな出来事はありませんが、レンの変化が静かに続いています。
次は境目の街へ進みます。
※毎日19時更新




