──第11話─引き返す理由──
今回のお話は、レンではなく“彼を見る側”の視点から始まります。
村を離れたはずの旅人が、なぜ足を止め、なぜ引き返したのか。
静かな違和感と、ほんの少しの確信。
その理由が、少しずつ見えてくる回です。
村を離れて、半日ほど歩いたところで――
セイルは、足を止めた。
理由ははっきりしている。
だが、言葉にするのは難しかった。
(……おかしい)
薬草の香りも、風の流れも、異常はない。
それでも、胸の奥に残る違和感だけが、消えずにいた。
あの少年――レン。
火も、作物も、魔力を帯びた道具も。
どれも「壊れずに、静まった」。
吸収ではない。
同調……と呼ぶには、静まりすぎている。
「……同調にしては、行き過ぎだ」
独りごちて、セイルは進路を変えた。
次の村へ向かう予定だった道を捨て、来た道を引き返す。
好奇心ではない。
これは――知ってしまった者の判断だった。
◆
再び村に戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
広場に姿を見せた瞬間、視線が集まる。
だがセイルの目は、まっすぐ一人に向いていた。
レン。
――そして。
「……は?」
思わず、声が漏れた。
少年の肩口、空気の揺れ。
ごく淡く、しかし確かに存在する気配。
(幼精霊……?)
見たことがないわけじゃない。
だが、これは――おかしい。
契約の痕跡はない。
縛りも、命令も、召喚の名残もない。
それなのに。
(……ついてきている)
まるで、気に入った場所に居座る小動物のように。
だが、相手は精霊だ。
偶然で済ませていい事象ではない。
◆
レンは気づいていない。
リナも、はっきりとは分かっていない。
それが、余計に異常だった。
幼精霊は、本来もっと警戒心が強い。
人の近くに、理由もなく留まることはない。
(……いや)
セイルは、そこで思考を止めた。
理由がない、わけじゃない。
理由が、少年の側にある。
魔力を動かしたのではない。
精霊を呼んだのでもない。
ただ――
そこにいただけで、流れが整っていた。
◆
セイルは、静かに息を吐いた。
かつて、
似たような現象が、壊れていくのを見たことがある。
だからこそ、分かる。
(放っておくべきじゃない)
守るためでも、利用するためでもない。
だが――関わらずに済ませるには、遅すぎる。
◆
「……予定変更だな」
誰にともなく呟く。
次に来るときは、薬草の採取ついででは済まない。
村に戻る理由が、はっきりしてしまった。
セイルは、もう一度だけレンを見た。
「……レン」
声には出さない。
「君はもう、
村だけで完結する器じゃない」
幼精霊が、ふわりと揺れた。
まるで、その判断を見透かすように。
セイルは、ゆっくりと息を吐く。
(……これは、俺一人で抱える話じゃないな)
確信してしまった以上、
見なかったことにはできない。
セイルは歩き出した。
次に下される判断が、
自分の手を離れることを、すでに理解しながら。
今回は薬師・セイルの視点回でした。
レン本人が知らないところで、周囲の見方が少しずつ変わっていく――
そんな気配を感じてもらえたら嬉しいです。
物語はまだ静かですが、確実に次の段階へ向かっています。
この先、村の外の世界も少しずつ近づいてきます。
本作は毎日19時更新を予定しています。
引き続き、ゆっくりお付き合いいただけたら幸いです。




