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よあけの砂漠 前編

 オール・アローン・ワールドには、物語が存在している。


 主人公はいない。その時々で変わる。


 この世界にはNPC──ノンプレイヤーキャラクターと呼ばれる、中に人がいないシステム的なキャラクターがいて、キャラ同士で悶着を起こす。たまに単独でプレイヤーに願いごとをしてくるのもいる。


 そういうキャラの願いごとや困りごとをプレイヤーが解決していくと、NPC同士の人間関係や、そのキャラの心情を深く知る物語を読めるのだ。


 なのでNPCは、話しかけても同じことしか言わない。だけどげんぞさんは、せっせと話しかけていた。


「どこにいけばいいですかごめんさいめもするのわすれちゃってたすけてあげたいのですがばしょがわからないんです」

「忙しいところ悪いけどよろしくね」

「おこったですか」

「忙しいところ悪いけどよろしくね」

「ごめんなさいたすけてあげたいです」

「忙しいところ悪いけどよろしくね」


 ここは「たびだちの草原」からスタートし「みはてぬ海」を抜けた初心者プレイヤーが訪れることになる、最初の街だ。そしてげんぞさんが話しかけているのはNPCの女性キャラクターだ。短髪金髪褐色肌の眼鏡女性で、人見知り設定がある。


 周りのプレイヤーは「指摘したら悪いかな」「俺も分かんなくてやってた」「じじばばっぽくね」「キッズかもしれん」「言ってトラウマになったらヤダ」と気を使っていた。


 このままだと駄目かもしれない。私はげんぞさんに話しかけた。


「すみません。げんぞさん、ヒナタです。どうされましたか」


 一瞬忘れられていたらどうしようかと思ったけど、げんぞさんに近づくと、彼が操作しているちびっこタイツ赤ちゃんが停止した。


「すみませんこのおかたにたのみごとをされたのですがばしょをめもするまえにぼたんをおしてしまって」


 怒涛の平仮名羅列が襲い掛かってくる。だんだん慣れてきたけど。逆にこれである日突然漢字と句読点入ったら怖いまであるかもしれない。


「大丈夫ですよ。その方は役者さんみたいなもので、中身は機械です。おしゃべりする人形です。ゲームを作っている人が、話しかける練習がしたい方に向けて、こうして作ったものだと思うので、大丈夫ですよ」


 げんぞさんが安心できるように。なるべく言葉を選んだ。しばらくしてげんぞさんのフキダシが変わった。


「ならなおさらしつれいなことをしてしまったせっかくのまごころをとばしてしまうなんて」


 げんぞさんは、相手が機械だからといって、どうでもいいとは思わないみたいだ。フォローを入れたつもりだったけど失敗してしまった。ぐ、と喉や胃のあたりが重くなってくる。


「もしよかったらですが場所私知ってるので一緒に行きましょうか」


 よせばいいのに、取り戻しみたいな気持ちでげんぞさんに提案する。これで断られたら、げんぞさんに悪意なんてなくても立ち直れないのに。


「いいんですかそんなわるいです」


 遠慮して言ってるのかついてきてほしくなくて言ってるのか分からない。こういう時のコミュニケーションがすごく苦手だ。普通に、ずいずい来られても苦しくなるけど、絶妙に苦しくなる遠慮のラインがある。どうしよう、しつこくならないかな。悩みながら私はげんぞさんに話しかける。


「私は大丈夫なのでげんぞさんがよければです。迷惑じゃなければ」


 言った後に冷たすぎたかも、これでは断れなくなるかも、と悩む。悩むなら言わなければいいのに。いつもこうだ。私は。


「おねがいしてもいいですかぜったいたすけてあげたくて」

「はい」

「ありがとうございますよかったひなたさんがいるならあんしんですぼくちゃんとがんばりますけどいてくださってうれしいといういみですぼくちゃんとします」

「いえ」


 そっけなく返してしまうけど、少しだけ心が軽くなった。自分より感情的な人を見ると逆に落ち着いてくる、というのがあるのかもしれない。言った後に、付け足したくなるタイプの人、というか。げんぞさん、そんな感じするし。


「でも、これから行く場所は攻撃してくるモンスターがいます。げんぞさん武器大丈夫ですか?」


 オール・アローン・ワールドには戦闘があるのだ。ちゃんとある。


 CM、動画の広告、実況配信、媒体は何でもいいけどそういうので見るような、ゲームで戦うっていったらこうだよね、ということは、普通にオール・アローン・ワールドでも可能だ。


 砂浜で攻撃してこない蟹に対し、アニメの必殺技レベルを放ち、即座にごろごろ前転してる人間は、本当に少ない。完全なるマイノリティだ。大多数は冒険に出てモンスターを倒している。


 そしてモンスターが出る場所はかなり細密に決められており、初心者のスタート位置に近いところはモンスターが出ない。一番最初にげんぞさんと会ったたびだちの草原とか、再会したみはてぬ海とか。そしてこの街もそう。


 しかしこれから先、向かうのはモンスターが出てくる。戦闘は素手でも行えるけど、格闘ゲームの経験がないと少し難しいところがある。敵との距離がその分近くなってしまうから。


 背後にどうしても守りたいものを抱えながら、包丁を持った不審者と対峙したとする。素手で戦うより鉄パイプや銃があるほうがよい──みたいなニュアンスだ。


「HI」


 げんぞさんがまたグローバル化した。ややあって、げんぞさんは自分の身の丈の倍くらいの大きさの斧を取り出した。それ海外のどえらいバーベキューマッチョが振り回す斧だよね、みたいな大きさを本当に短い手で持っているので、持ち手の長い部分が地面にめり込んでいた。


「きんたろうさんすたいるです」

「いいですね」


 よだれかけみたいなマフラーをつけたべビ人形がでっかい斧を握り、ぽってぽってぽってぽって音でも聞こえてそうな足取りで動いている。


「ひなたさんはなにをもっているかおききしてもいいですかもちろんてぶらでもだいじょうぶですよぼくがんばるですし」

「銃です」


 私は初期からずっと自動式拳銃型の銃を選んでいる。


 簡単に説明すると海外ドラマで出るようなハンドガン。クルクル回転しないほう。なんで銃かといえば音がいい、モンスターに近づかなくて済むの二点。それ以外に理由はないし、ゲームに意味を求める必要が、私にはない。


 でも申し訳なさを感じた。げんぞさんは金太郎さんスタイルで平和な感じなのに、私は殺伐としているから。でっかい斧持ってヨチヨチ歩いている無垢な存在に晒していい武器ではなかった気がする。


「わあかっこいいですねえにあう」

「ありがとうございます。げんぞさん回復薬とか大丈夫ですか? いく前に準備ゆっくりして大丈夫ですよ。今日も時間あるので」


 この街では、道具や武器、服、素材が買える店、それらを売れる店、一緒にモンスターを倒すプレイヤーを募集できる掲示板があり、初心者を名乗る期間が過ぎたプレイヤーでも、定期的に訪れる場所だ。


 なぜなら大体のモノはここで揃うから。


 普通のゲームだと初心者用の道具が売られる街と、強者向けの道具が売られる街と別れているが、オール・アローン・ワールドでは全部一緒だ。


 そして弱いモンスターを倒すと少なからずゲーム内で使えるお金が手に入る。


 街のまわりのモンスターは弱いけれど死ぬほど数をこなせば、ゲームを始めてたいして歩かず、お金で買える玄人向け最強装備を手に入れることも可能だ。


 そういう変わったプレイをする人間もそこそこいる。蟹武装集団と異なり初期の武器、初期の装備で街のまわりで無心でモンスターを倒しているようなのは、みんなそれだ。


 作業に近いが作業が大好きな人間もいる。農作も可能なので、モンスターをちょっぴり倒して農家してるプレイヤーもいるし。本当に色々いる。


「かいふくやくいっぱいかったのでだいじょうぶですおくすりだいじですひなたさんおけがしたらいってくださいね」


 私は、回復薬は上限いっぱいあり、売るほどあるし実際売っている。でも、嬉しかった。


「ありがとうございます」


 持ってますよ、じゃなくてお礼を伝えたいなと思った。だから言った。


「じゃあ、行きましょうか──よあけの砂漠へ」





◇◇◆◆◆◆◆NowLoading◆◆◆◆◆◇


 よあけの砂漠は、たびだちの草原、みはてぬ海を抜け、街を出た先にある。空全体が緑がかった群青色をしていて、空にはうっすら星が浮かぶ。どこまでもさらさらとした砂が広がり、やや起伏のある地形だ。


 砂を踏みしめる音は、みはてぬ海の砂浜より、やや湿って重い。そういう場所ではないし何度も来たことがあるのに、げんぞさん沈み込んでいなくなっちゃいそうだな、と謎の心配が募る。


「きょくがしずかですね」


 げんぞさんが立ち止まる。たびだちの草原は木琴、みはてぬ海はウクレレ、街は合奏だが、このよあけの砂漠はピアノをメインにしたBGMだ。安らげるように設計しているらしい。


「はい。モンスターが出ると音も出るので、気を付けてくださいね」

「HI」


 返事して早々、げんぞさんは武器を構えた。遠くから黒い影が迫ってくる


「あれプレイヤーです。大丈夫ですよ」



 みはてぬ海でも一応、特定のアイテムを持っていると、玄人向けに強いモンスターが出る場所に行けるが、基本蟹相手。蟹を相手に攻撃の練習をし、これからゆっくりオール・アローン・ワールドの世界を楽しんでいってねという流れが出来ている。重ねてとなるが対蟹撃退武装集団は異常集団である。


 ただ、巨大貝殻の隙間にハマって出られなくなったげんぞさんのように、ある程度整えられた道でも、転ぶ人間は出てくる。そういう時、逐一システムが助けるより、人との交流によりゲームを楽しんでいけたらというのが運営の願いだ。


 初心者向けの場所で達成すると報酬がもらえるような仕組みがあったりと、ゲームをやり尽くした玄人と初心者の出会いが発生するよう、色々施策がある。ミッションとか、クエストとか、名前がついていて、みはてぬ海で何体モンスターを倒せ、みたいな。


 今日は、よあけの砂漠でデイリーミッションがあった。私はもうクリアしているけど。


 そして今こちらに迫ってきているのは玄人プレイヤーだった。姿で分かる。タンクトップに半ズボン、素人では絶対手に入れられない、入手条件が面倒な武器。


 一瞬こちらを確認するけど、そのまま通り過ぎていく。揉めてるかどうか確認して、何事もないと走っていったのだろう。


「おようふくどうしたんでしょうなくしちゃったですか」


 げんぞさんが心配している。


「あの人にとってはあれが正装なんです。あれが、最強の装備です。あの人にとって」


 色んなゲームがあるけど、オール・アローン・ワールドでは体力が設定されており、モンスターに攻撃されると体力が減って死ぬ。


 死ぬと自動的に設定されている安全な場所に飛ばされるが、キャラクターが直接手に持っている武器以外の持ち物は、その場で全て消滅する。お金を持っている場合は、半分減らされる。


 頑張って戦って強くなり体力を増やすか、装備などで防御力を上げて、モンスターからのダメージを減らすか、回復できる薬とか食べ物を多めに持っておくとか、死なないように対策するのが一般的だ。「一発も当たらなければ体力と防御力なんて要らないですよね? 倒される前に倒せばいいだけ!」みたいなパワーバカもいるけど。


 でも中には、都度装備や素材お金を預けられる場所に預け、「いつ死んでもいいようにする」捨て身戦法の戦闘狂や、武器ひとつでなんとかしたい縛りプレイ大好きドМもいる。服装も装備は初期、武器だけ強いものを持っているので分かりやすい。タンクトップに半ズボンに立派な斧、タンクトップに半ズボンに禍々しいよく分からない兵器、とか。


 で、あれはその標本だ。死ぬ気で走っていっている。


「なるほどおくがふかい」

「ですね」


 捨て身なのかドМなのか、分からないけど。


 まぁ、私たちは関係ない。げんぞさんが助けてあげたいNPCの願いは、砂漠の奥にあるオアシスで、水を汲んでくることだ。あのNPCには大切な家族がいて、その家族を救うためにはオアシスの水が必要だが、彼女はその家族のそばを離れたくないという事情がある。水を汲みに行っている間に、家族を失うのが怖いから。


「この先のオアシスに向かうんです。モンスターがいるから、気を付けてくださいね」


 なんか私いま、サポートNPCみたいなこと言ってるな。なんて思いながら進むと、モンスターが出てきた。サイをイメージしたもので、皮膚が岩でできている。防御力は高いが、あんまり早く動けない。初心者向けのモンスターだ。


 げんぞさんはててててっと走ると、躊躇いなく薪を割るのように斧を縦に振った。ゴチンッと音がしてモンスターにダメージが入る。そのままげんぞさんは斧を横にブンッと振って、モンスターに接近する。ゲームの仕様で、ボタンを連打していると自動で攻撃をあててくれる設定と、自分で操作する設定が選べる。


 自動を選んだ場合は、普通に攻撃を何発も当てなければいけない。手動の場合きちんと狙わなければ当たらない代わりに、急所が狙える。


 げんぞさんは小さな体で大きな斧を何度も振り回し、ゴチン、ガツン、ブンッとぐるぐる動きながら、敵を倒した。


「お疲れ様ですげんぞさん。すごいですね」


 もっと時間がかかるというか、攻撃されて逃げたりするかと思ったけど、かかんに飛び込んでいったのでびっくりした。


「ひなたさんいてくださるからがんばんなきゃとおもってありがとうございますひなたさんがいてくださってあんしんしてたたかえましたひとりじゃこわかったですありがとうございます」

「いいえ」


 ここは初心者が練習しやすいよう、モンスターが自動で湧いてくる。戦いが怖いとちょっと苦しい場所だけど、この調子なら安心かもしれない。モンスターが倒せないと囲まれたりがあるから。


 そう思った矢先のこと


「ごめんなさいちょ」


 それだけ言って、げんぞさんがまるでNPCのように、停止した。


「げんぞさん?」


 動かない。


 げんぞさんが、全く動かなくなってしまった。


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