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みはてぬ海


 げんぞさんと出会い、はや3日。


 あれからげんぞさんは見かけてない。


 特に探すこともしてなかった。


 相手は初心者だ。げんぞさんのペースで進めればいい。


 オール・アローン・ワールドの世界は本当に広い。現実の指一本のサイズが1キャラとすると、それに対してオール・アローン・ワールドのマップは現実の国内都市と並ぶ。現実だと自分なんかゴミみたいだなと思うけど、本当にゴミのサイズ感なのだ。


「またあそんでくださいね」がもう会わない前提の社交辞令の可能性もある。


 ということで私は、あれから『たびだちの草原』付近ではなく『みはてぬ海』と呼ばれる南国の海岸風のエリアにいた。


 エメラルドグリーンの水面が陽光を反射して輝き、色とりどりの巨大な貝殻に囲まれた白い砂浜では小さな蟹が闊歩している。


オープン・アローン・ワールドの中でも撮り専と呼ばれる、旅をしながらゲームの風景写真を撮ることを目的としたプレイヤーが好む場所だ。


 私はひとりで砂浜をシャリ、シャリと踏みしめながら歩いていくと、横をトトトと小さな蟹が通過したかと思えば、背後からの衝撃波で消滅した。振り返れば武装集団が集っていた。


 蟹はこちらを攻撃してこないが、攻撃して倒すと素材になる。


 素材というのは、普通に材料だ。


 現実でカレーライスを食べるとなると、お店で買うか、作るかの二択だ。


 作るとなると、カレールーもしくはスパイスが必要になってくる。


 同じように、オール・アローン・ワールドの世界でも、武器や道具、服、その他もろもろ、購入するか作るかになる。作る場合は素材が必要だ。


 素材をお店で買うこともできるけど、どこかへ行って拾ったり、採掘したり、敵を倒して収集するのがベースだ。


 よってこの『みはてぬ海』は、一人で風景写真、誰かと集合写真などカメラ専門の撮影勢、蟹目当てにバッサバッサと薙刀や太刀を振るう人、ハンマーなど巨大な武器でドッカンドッカン地面を叩いている人、爆弾を仕掛けて砂浜を爆破する武装集団のふたつに分かれがちだ。


 私は、『みはてぬ海』の奥深くの初心者が近寄らないエリアでモンスターを撃っていたので、第三勢力かもしれない。


 そして今日、やることも済んだのでその場を立ち去ろうとすると、つみ重なっている巨大な貝殻の隙間に、なんかいた。第四勢力が出てきてしまった。


 貝殻の隙間から、二本足が飛び出ていた。短い足だ。股の可動域なんか無いだろうに、たまにわたわた足が左右に揺れる。揺れたかと思えば、ぺちょんと脱力している。


 貝殻にプレイヤーが食べられているとしか見えないが、そういうモンスターはいない。


 ここは初心者向けのエリアであり、攻撃してくるモンスターは海辺で出ないのだ。だからこそフォトスポットほのぼのカメラマンたちと、蟹漁武装集団の二極化が際立っているのだから。


 しかも、足は見覚えがある。ちょこん、としてる。げんぞさんっぽい。


 遺産相続により殺人が起きる一族もののパッケージみたいになってるけど、すごいげんぞさんっぽい。


「げんぞさん」


 私は声をかけてみる。


「あもしかしてひなたさんですかこんにちはおはずかしいところをみせてしまいごめんなっさい」

「いえ」


 げんぞさんだった。平仮名の羅列。げんぞさん確定だ。


 オール・アローン・ワールド続けてたのか。はじめて1日2日で飽きたりする人もいるし、げんぞさんはゲームすらやったことない様子だったし、想像以上に疲れてやめるかもしれないな……と、お風呂の時とか寝る前思っていた。少しだけ、ふわっとした気持ちになる。


 ただ、岩場で足だけ出して、死体みたいになってるけど。


「今、何を」

「でれないなったです」

「なるほど」


 キャラクターの身長体重年齢は自由設定。


 小柄なキャラクターがいるとクリアしやすくなる洞窟、大柄なキャラクターがいると頼りになる迷路などがあり、どんなキャラクターでも利便、不便が生まれるような仕組みだ。


 げんぞさんは小柄あるある、マップにめり込む、岩場で落ちるの洗礼を浴びているのだろう。それはもう、ビシャビシャに浴びてる。赤ちゃんみたいな大きさしかないし。


 このサイズだとまずほかのプレイヤーと歩いていると隠れて見えず、こういう岩場はげんぞさんにとって奈落だ。空を飛んだりジャンプできないと一旦ログアウトしたり、設定された初期位置に戻る必要が出てくる。


 私はげんぞさんの落ちている穴に入ろうとするけど、引っかかって入れなかった。私も私で、中肉中背デメリットが出ている。私の場合は、こうした岩場の隠れスポットに入れないのだ。


 なので奥に貴重な素材があっても取れない。そしてそういう素材は、強い武器を手に入れるために必要だったりする。


 代替手段として強いモンスターを倒したりがあるけど、強い武器を手に入れる理由は強いモンスターへの対抗手段なので、若干本末転倒だ。


 こういう仕組みなのは、ゲーム開発者いわく誰かに声をかける理由づくりらしい。何の用もないけど誰かに話しかけたいとき、助けてって言えるようにあえてのことだった。


「ももうしわけないのですがたすけていただけないでしょうかごめんなさい」

「大丈夫ですよ」


 穴には入れなかった。私はげんぞさんの落ちているギリギリのところで、手を伸ばし待機状態に入る。オール・アローン・ワールドでは、協力プレイが可能だ。戦いのときの連携攻撃のほか、写真撮影用に手を繋いだりも出来る。


 連携攻撃は、プレイヤー同士の距離が近くないと実行できない。


 でも戦いのときは皆が皆、正確に操作できない。なので連携攻撃が許可される範囲指定は甘いのだ。特に、上下の距離は。


「げんぞさん、なるべく私に寄ると、ボタンが表示されると思うんですけど、そこ押してください」

「HI」


 また英語になった。ジリジリと二本足がバタついた後、ギュルンッとげんぞさんの赤ちゃん二頭身キャラが異常な回転をし、私の伸ばした上に乗って空に飛びあがったけど──想定の100倍くらいげんぞ飛び上がっちゃってる。


 まずいかもしれない。飛び上がる高さは、身長体重に準拠する。大きいキャラは高く飛べず落下時間が早い。低身長低体重コンボなので、打ち上げ花火みたいになってしまった。私はすぐに魔法を使って、げんぞさんを追い、空中でげんぞさんに並ぶ。


「げんぞさん、お返事せず私が近づいたことで表示されたボタン押してください」


 げんぞさんは無言で手を繋いだ。私の重さが加わったことで上昇が緩やかになる。良かった。げんぞさんをロケットにしてしまうところだった。


「すみません、怖かったですよね」


 げんぞさんは無言だ。あ、これ私が返事するなって言ったからか、怒ってるか分からない。


「げんぞさんもうお返事して大丈夫です」

「ああよかったたすかりましたありがとうございますほんとうにずっとこのままでれないかとおもったんですありがとうございますこわかった」


 怖かった。貝殻の中で一族死体みたいになっていたことだろうか。普通に今吹き飛ばしたことだろうか。どっちだろう。


「すみませんげんぞさん、怖い思いさせて。飛び上がる距離計算できてなくて」

「いえとぶのはこわくないですげむならではですねおそとではとべないですしすごくうれしいですまさかそらとべるなんてこんなことできるんだ」


 げんぞさんは喜んでいる。良かった……のだろうか。


「うつくしいなあ」


 げんぞさんはそうチャットを打ったあと、黙った。周りは、オール・アローン・ワールドの広大なマップが広がっている。


 終わりの見えない海、のどかな田舎町や近代的な都市空間に歴史を感じる伝統的な建築物、空に浮かぶ孤島、大きな湖、季節が廻れる山々や、遥か高くそびえる鉱山と、雄大な自然と文化が混ざり合うようにどこまでも続いている。


「はい。うつくしいです」


 見慣れた景色だし、わざわざ私も言う必要ないかな、と思ったけど、一緒に言いたくなった。


 ややあって、私たちは着地した。


 げんぞさんは直立不動になった。寝落ちしたのかネット回線が死んだのか区別しづらい。


「ありがとうございましたたすけていただいてあんなにきれいなけしきをみせていただいてあとあえてうれしかったですありがとうございますいっぱい」

「いいえ」


 それにしても、げんぞさんはここで何してたんだろう。気になるけど聞いたら詮索みたいになりそうでやめた。しばらくするとげんぞさんの頭上に出ているフキダシが変わる。


「あのひとつきいてもいいですか」

「何ですか」

「あのかたたちはいったいなんですかもんすたですかもんすただとこわいです」


 そう言ってげんぞさんは身体の向きを変えた。武装集団をモンスターと勘違いしているようだ。


「あれは、蟹を叩いて出てくるものを集めてるんですよ」


 素材収集民は効率に命を賭けてるようなのが多い。


 幅広い範囲の蟹を倒せるよう、攻撃の動きも大きい。


 素材が集めやすくなるアクセサリー……金の指輪、腕輪、首輪を何重にもつけて、収集速度を重視した攻撃──アイススケートの三回転ジャンプみたいな華麗な動きをした後、床をゴロゴロ前転がりして素材を拾う。これを延々と繰り返しているのだ。


 さらに集団行動を取っているように見えるだけで全員変な服着てる単独の変態精鋭なので、より一層怖さが増すのだろう。


「だいじですかおてつだいしたほうがいいものですか」


 げんぞさんは素材収集武装集団をワケアリと考え、心配しているみたいだ。


「いいえ、あの人たちは、あれが楽しい人たちなんです。だから大丈夫ですよ」


 素材は種類がある。


 武器の素材。戦う時にモンスターを弱らせるための薬や効果の素材。戦いに使わない洋服の素材。本当に、いっぱい。


 そして素材を集める動機は、いっぱいだ。


 収集しているモノづくりの民、純粋にモンスターを倒すと拾えるもの、落ちてるものを999個まで集めたい収集癖の民がいる。本当にそれだけ、特に意味はなく。


「それに蟹を倒して得られる素材は、何にも使わない。あの人たちは集めることが楽しい人たちなので」

「かにさんちょっとかわいそうですめ」

「ですね、あんまり、集めても意味ないものではあるので」


 蟹さんが可哀そう。可愛い発想するなと思った。蟹に感情移入してる。


「でもいろんなあそびかたあるんですねえすてきかにさんかわいそうですけど」


 くるん、とげんぞさんは回った。


 色んな遊び方があって素敵。


 確かに。


 打ち込もうとして、蟹とかけてる誤解を生むとやめたけど。


 武装集団が蟹を倒しているのを眺めていると、たまたま居合わせた隣のプレイヤーが、何かを飲む動作をした。身体がキラキラした粒子に包まれたかと思えば、軽く飛び上がり、風を蹴るようにして前進する。


 空中にキラキラとした輪の足跡が残って、げんぞさんがまた止まった。


「すごいなんだあれは」

「あれは魔法です。移動速度を上げて、空中にいられる滞空時間を延ばせるんです、でも」


 あんまり意味のない魔法だ。さっきのプレイヤーは装備的に相当強い、移動速度は上限ギリギリまで上がっている。魔法を使っても速度は上がらない。


 多分周囲の人間を楽しませようとしたのだろう。


 速度上昇の不随効果として、キラキラの粒子が舞う。自分はここにいたよ、という痕跡を一定時間残すことができる魔法だから。本当に僅かだけど。


「たぶん、げんぞさんや周りのプレイヤーさんに見せようとしてくれたんですよ。キラキラを」


 長くやっているプレイヤーの中には、他の面識のないプレイヤーに対して「こういうこともできるんだよ」と遊び方を魅せる人もいる。話しかけることもせず、無言で。長くプレイすればするほど、使わない素材や魔法は溜まっていく。


「すてきなせかいですねえひなたさんとかさすらいのおひともいてこのげむはじめてよかったです」


 げんぞさんが喜んでいる。一応、やり方を覚えればキャラクターが会釈したり手を振ったりもできるけど、げんぞさんは知らないみたいだ。くるくる回っていることで、喜びと感謝を示している。



 素材は上限いっぱい、持っているだけで使わない効果なんか、山ほどある。意味のない素材。無駄な魔法。そう思っていたけど──意味なんかなくていいのかもしれない。


 自分の中で無駄で、意味なんかないと思ってても、こうして意味をつくってくれる人はいる。


「私も良かったです」


 そう言うと、げんぞさんは無言でくるくる回る。


 オール・アローン・ワールドは世界中の人がプレイしている。


 曜日や時間に関係なく、誰かは必ず、そこにいる。


 関わらずとも誰かの気配は感じられる。だから始めた。そして今日も、独りじゃなかったなと思えた。

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