21:13 食堂棟・搬入口
俺たちは、食堂の裏口にたどり着いた。
祭の準備で開け放たれていた搬入口。
今は鉄の扉が半開きのまま、夜気を吸い込んでいる。
そこだけ、まるで祭の時間だけが置き去りにされたようだった。
誰かが置き忘れた台車。積みきれなかった段ボール。
そこには、賑わいの名残が残っていた。
――カップケーキの包み紙、手書きの「完売御礼」、景品の空箱。
「この先、裏通路を抜ければ、医務室の裏に出る」
そう告げると、トールは「よし」と頷いた。
だがすぐには動かず、無言で段ボールの山を一つ一つ確認し始めた。
「……やり合うことになったらさ」
押し殺した声。けれど、迷いはない。
「接触すると、マナが引きずられて、暴走するんだろ?」
「ああ。こっちまで引き込まれたら、アウトだ」
トールは器用に小さな収納棚を探っていた。
中から出てくるのは、缶詰、乾燥スープ、古びた保存パン。
どれも祭の前日、俺たちが台車で運んだ備蓄だった。
「防具は無理でも、“間”を取れるもんがあればいい」
そう言って、調理台の下に潜り込む。
しばらくして彼が引きずり出したのは──
「……これ、どうだ」
大判の鍋蓋と、焦げついた鉄のトレー。
どちらも厚みがあり、即席の盾にはちょうどいい。
「十分だ。即席のガードにはなる」
トールは鍋蓋を背中にくくりつけ、
棚から取り出した厚手の手袋を左手にはめる。
何も言わないが、その動作に“本気”がにじんでいた。
「できるだけ、触れずに済ませられれば……」
相変わらず、無骨で頼もしいやつだ。
俺も、棚の奥を探る。
ふと、手に触れたのは布に包まれた──香草入りの蒸気パック。
厨房で使われる、疲労回復用の温パッドだった。
(もしかすると……落ち着かせられるかもしれない)
「……もらう」
そう言って、そっとポケットに滑り込ませた。
「相手が、ほんの少しでも“戻る余地”を持ってたら……効くかもしれない」
トールが片方の口角を上げた。
「……優しいな、お前。マジで。……だから、頼むぜ」
ロウソクの火を少しだけ明るくして、搬入口を抜ける。
裏通路は、窓のない短い回廊だった。
けれど一本道だ。突き当たりを左に曲がれば、そこが──医務室の裏。
「行くぞ」
「おう」
俺たちは歩き出す。
誰かの声援が、いまだに残響のように頭の奥で響いている。
シーナを助けるために。
かつて、三人で笑いあった食堂を通って。
──そのとき、背後から風が吹いた。
搬入口の方から。
不自然なほど、生ぬるかった。
祭の熱狂は消えた。
でも、まだ終わっていない。
少なくとも──俺たちにとっては。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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