表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学院の七共鳴  作者: チョコレ
第一章 医務室の影
8/20

21:05 南棟・通路前

 俺とトールは、男子寮を抜け、医務室を目指していた。


 廊下は静まり返っていた。

 いや、静かすぎた。

 足音ひとつが異物のように響くたび、空間全体がぎこちなく軋む。

 音が割り込むたびに、そこに“なにか”が眠っているような気配がする。


 ロウソクの火は布で覆われ、漏れた揺らぎが足元を鈍く撫でる。

 魔導灯はすべて落ち、壁も床も色を失い、沈黙していた。

 まるで学院全体が呼吸を止め、息をひそめているかのようだった。


 医務室は南棟の突き当たり。

 通常なら、廊下を直進すればすぐだ。

 ──通常なら。


「……なんだ、これ」


 廊下の先。

 家具の山が行く手を塞いでいた。


 机。椅子。折れた扉。ロッカー。

 乱雑に積まれているが、明らかに意図があった。

 “何か”を拒むための、退路なき防壁。


 生徒の仕業か、それとも──


 言葉は続かなかった。

 なぜなら、音がなかった。


 風もない。気配もない。マナの揺れすらない。


 ただ──

 不自然な“静けさ”だけが、そこにあった。


 沈黙、それ自体が、何よりも雄弁な警告だった。


 そして、動いた。


 廊下の奥、曲がり角の先。

 影が、ゆらりと現れた。


 白いローブ。前屈みの姿勢。引きずるような足取り。

 人の形をしているが、どこか不自然だった。

 節の外れたような腕の動きが、壁に吐息のように響く。

 それは、“向こう側”の存在だった。


 俺たちは呼吸を止めた。

 音ひとつが、引き金になる気がした。


 影はふらつきながら歩み出て──

 やがて廊下の中央で、ぴたりと止まった。


 こちらを向いた。


 目が合った。

 全身が凍りつく。

 冷たい刃で芯を貫かれたような錯覚。

 声も意識も、奥へ奥へと押し込められていく。


 けれど、影は動かない。

 こちらを見ているのに、動こうとしない。


 視線は泳ぎ、焦点は合っていない。

 “何か”がいるとは、まだ理解していない。

 ……いや、本当に見えていないのか?

 それとも“見えていないふり”をしているだけかもしれない──


 俺は手元のロウソクを、わずかに傾けた。

 揺れる炎の光が壁に揺らめき、影がまるで生きているかのように揺らぐ。

 何が実在で何が幻なのか、境界が曖昧になる不安が襲う。


 ──そのときだった。


 トールの靴が石床をほんのわずかに擦った。


 その瞬間。

 影の肩がぴくりと跳ねた。


 身体がこちらを探るように揺れる。


 ……音だ。

 気配の“ノイズ”。

 聴覚に異常な鋭さが宿っている。


 暴走すれば感覚は鈍ると思っていた。

 だが違う。

 何かを失った代わりに、別の感覚だけが異常に尖っていく。


 その“偏り”が、彼らを──

 読めない存在にしている。


「……このルートは使えない」


 囁きながら背筋が冷たくなる。

 通れば、確実に気づかれる。


「食堂の裏だ」

 俺はすぐに方向を切り替える。

 祭の準備で搬入口が開いていた。

 そこから裏通路を通れば、医務室の近くに出られる。


 トールが無言で頷く。

 ロウソクの火を絞り、炎の揺れを最小限に抑える。


 影はまだこちらを向いたままだ。

 だが──動かない。

 ただ、“そこにいる”。


 一歩ずつ、踵を返す。

 背を向ける一瞬一瞬が、呼吸の隙を許さない。


 石の床が軋む音が、まるで命の重さを帯びているかのようだった。


 ──俺たちは、音を殺しながら、食堂裏の搬入口へと進路を変えた。


 廊下の冷気が、肩をかすめる。

 まるで、背後に“音なき刃”が浮かんでいるかのように。

この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。


https://ncode.syosetu.com/n8980jo/


「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ