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魔法学院の七共鳴  作者: チョコレ
第一章 医務室の影
6/20

20:37 男子寮・広間

 静寂だった。

 ──いや、静かすぎた。


 男子寮の広間には、十数人の生徒が肩を寄せ合って避難していた。

 けれど、誰一人として言葉を発さない。

 まるで“息をひそめる”ことだけが、生き延びる術だと信じているようだった。


 誰かの吐息ひとつが、暴走体を引き寄せてしまうかもしれない。

 そんな恐怖が、この場所の空気を、粘りつくように覆っていた。


 広間の隅。

 二人分の毛布の下で、俺は──

 ユフィ先輩と並んで座っていた。


 唯一灯る魔導灯には、布がかけられている。橙色の光が、その布越しにじんわりと漏れ出していたが──温かさは、なかった。


 俺は、記憶を手繰るように話していた。


「……覚えてませんか?二階東棟、実行委員の控え室。準備で夜中まで残って、紙資料が風で全部……吹っ飛んで……」


 先輩は黙っていた。

 けれど、その首の傾け方──

 昨日までと、まったく同じだった。


 でも、違う。

 その目の奥が──

 明らかに、変わっていた。


「……ほんとうに、ごめんなさい。どれも……知らないんです」


 淡々と。痛みも、嘘もない声。

 だからこそ、言葉が鋭く沈んだ。


 信じたくなかった。共鳴で暴走が鎮まることは知ってた。だけど──“存在そのものが記憶から抜ける”なんて、どの教本にも書かれてなかった。


 あのとき、確かに俺は彼女を守った。話して、笑って、──そして、抱きしめた。けれど、その記憶は、彼女には──もう、ない。


「……セイルさん、でしたっけ?」


 ユフィ先輩は、困ったように笑った。敵意も、警戒もない。けれど、それは“知らない誰か”を見る目だった。


「変ですよね……初対面のはずなのに。あなたと話すと、すごく、安心するんです。でも……理由がわからないんです。記憶に、ないんです。なのに、たまに──心の奥がざわつくような……そんな感じがして」


 そのとき、胸に広がったのは喪失じゃなかった。

 “自分だけが覚えている”という、名もなき孤独だった。


(……俺だけが、覚えている)

(彼女は──もう)


 ──そのときだった。


 「……いたっ……」


 かすれるような声。

 水底から浮かび上がるような、小さなうめき。


 反射的に顔を上げた。

 広間の奥。

 ユフィ先輩も、同じ方向を見ていた。


 誰かが、痛んでいる。


 それは、張りつめた空気に生じた、たった一滴の乱れ。

 水面に落ちた雫のように──

 広間全体を、静かに波打たせた。


 魔導灯の下、毛布に包まれていた生徒の肩が震えていた。


「……誰か、怪我してる……?」


 ささやくような声が、夜を裂く。


 その瞬間。

 空気の粒が、どこか軋むような、ざわりとした違和感を帯びた。


 ──“最初の異変”。


 それは、音もなく。

 けれど、確かに──

 始まっていた。

この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。


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「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

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