第3話 封鎖の宣告
その声は、まだ冷静だった。氷の生徒会長、セリーヌ・グレイシアの声。まるで、マナの律そのものが語りかけてくるように、静かで、透き通っていて──冷たい。
けれど。
もう、それは届いていなかった。
「魔法を使うなって言うけど、使わなきゃやられるんだよ!」
「門は!? 正門でも裏門でもいい、外に出れば──!」
怒鳴り声。泣き声。叫び声。
マナの閃光が、制御されないまま空気を裂いていく。
講堂はもう、避難所ではなかった。
崩れた秩序。
逃げ惑う群れ。
誰も指揮を執らず、誰も正解を持たない。
その空間に満ちていたのは、恐怖でも絶望でもない──
「混乱」という名のマナだった。
上級生の結界も、足止めの術式も役に立たない。暴走体は、“人間”という形をかろうじて残しながら、内側から“飢え”だけになっていた。
「正門! こっちだ、急げ!」
「裏門も開けろ! 王都に連絡すれば──!」
信じていた。
この学院の外には、日常があると。
王都には、魔導師団がいて、大人の判断があると。
──けれど。
「開かない……!?認証が、通らない!」
正門前で誰かが叫ぶ。
その声は、講堂の奥まで突き刺さった。
「何も反応しない!門に拒まれてる……!」
上級生たちが駆け寄る。
詠唱が重なり、複数の術式が門に注がれる。
だが、門はただの“壁”でしかなかった。鼓動も、共鳴も、応答もない。最初から、開くことなど「設計されていなかった」かのように。
「外からの侵入を防ぐ結界のはずだったのに……これは……」
「“中から出ようとするマナ”を、遮断してる……」
誰かの声が、すうっと空気を冷やす。
凍るような静寂が講堂に落ちた。
そして、別の誰かが、ひとこと。
「……学院が、自動封鎖を起動した」
その言葉で、すべてが変わった。
「外に助けを求めるためじゃない」
「中から、“何か”を漏らさないために」
それは、詠唱よりも重く、冷たく響いた。
だが──
まだ希望を求めようとする声もあった。
「通信だ! 魔導回路さえ繋がれば……!」
「通信班! 王都に緊急チャネル接続!」
詠唱が重なり、魔導陣が展開される。
術式が繋ぎ、空間に走る光の線──
“王都”へと伸びる希望の糸。
けれど。
「……繋がらない……」
声はかすれていた。
「反応ゼロ……接続できない……魔導回路そのものが……」
通信の根幹が、切断されている。
それは、ただの“故障”ではなかった。
「魔導回路も、封じられてる……」
少女がぽつりと呟いた。
その場の全員が、彼女の言葉に引き寄せられるように振り向く。
「学院と王都を繋ぐ“マナの管”──
日々、指令や連絡が行き来する、魔導パイプライン。
それが、今……完全に遮断されてる」
また、ひとつ。
「……もし、暴走したマナがそこを通って王都に流れたら──」
誰かが答える。
「王都が、終わる」
講堂の空気が、凍った。
誰も言葉を継がない。
ただ、ひとつずつ──
答えが、降りてきた。
門が開かないのはなぜか。
通信が届かないのはなぜか。
魔導回路が断たれているのはなぜか。
そのすべてが、一点に収束する。
「……門も、通信も、回路も」
「“中のマナを出さないため”に閉ざされた」
「助けを呼べないんじゃない。呼ばせてもらえないんだ。
──私たちは、“外を守るために”ここに閉じ込められた」
誰も、否定しなかった。
否定──
できなかった。
守られていると思っていた結界は、
今や、災厄を封じるための檻に変わっていた。
学院という場所そのものが、封印装置となって起動している。
そこには救いも猶予もない。
あるのは、ただ一つの命令。
──中のものを、外に出すな。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……じゃあ、本当に……」
「もう……俺たちは……」
「出られないのか……?」
返事はなかった。
誰も、答えを持っていなかった。
ただ、夜空を見上げれば──
静かに、そして確かに。
学院全域を包む、青白い光の封印陣が展開されていく。
その陣は、外へ向かって語りかけていた。
──ここに、触れるな。
まるで、王都という都市に向けて貼られた
「絶縁の標識」のようだった。
それは、ひとつの宣告。
──この場所は、すでに災厄である。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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