22:25 植物園
職員室で鍵を手に入れた俺たちは、夜の学院を再び戻り、植物園の前に立った。
「……リーヴェン先生、ごめんなさい。無事にこの夜が終わったら、植物園の管理、ちゃんとお手伝いします……」
ユフィ先輩が、かすかに震える声でそう呟き、銀色の鍵を鍵穴へ差し込む。
──ギィ……ィィ……
金属の扉が、じわじわと湿った夜気を切り裂きながら開いた。
その瞬間──
ぬるりと、生ぬるい空気が流れ出した。
肺の奥まで侵食するような湿熱。
喉の奥が焼けるような、発酵したマナの臭気。
ただの空気じゃない。これは、何かの“体温”だ。
「……暑っつ。マジかよ、秋の夜だぞ、これ……」
トールが襟元をぐいと引き下げる。
額に滲んだ汗が、ぽたりと鍋蓋に落ちた。
ユフィ先輩も言葉を飲み込み、目を細める。
──温室は、灯っていた。
だがその光は……白く、異様に明るすぎた。
俺たちは、ゆっくりと足を踏み入れる。
ガラス床が、コツ……コツ……と、不自然に鈍い音を返した。
「……違う。ここ、いつもの温室じゃない……」
ユフィ先輩がぽつりと呟く。
天井の霧散器、壁の循環管──
マナの流れが歪んでいる。
空調も、魔導も、制御不能のまま稼働し続けている異常空間。
「温度も湿度も異常。制御暴走が起きてるのかも……」
「また暴走かよ……マジで学院どうなってんだ……」
トールが舌打ちしながら周囲を見回す。
揺れる葉。垂れ下がる根。
それらは──まるで、俺たちの気配に反応して動いているように見えた。
──ざわり。
空気が、逆流した。
「……っ?」
背中を冷たいものが走る。
ザザ……ッ
ガサ……ガサ……ッ
湿った床を、何かが這うような音。
重く、粘っこい、明らかに“生きている”音だ。
「止まれ」
俺はとっさに腕を伸ばし、二人を庇った。
ユフィ先輩が息を呑み、
トールが無言で鍋蓋に手を添える。
──そのときだった。
闇の奥。光の届かぬ葉陰。
そこから──
ぬるり、と。
黒光りする茎が現れた。
それは“生えていた”のではない。“出てきた”のだ。自分の意志で。
太く艶やかで、湿り気を帯びた茎。
その根は、どくん……どくん……と、心臓のように脈動しながら床を這ってくる。
「……動いてる……っ」
ユフィ先輩の声が震えた。
“それ”は、まっすぐこちらへ向かっていた。
光の中に踏み出すことも恐れずに。
「……きっと、ルメナリアです」
ユフィ先輩が呟く。確信のこもった声だった。
「記憶を喚起する魔草……魔草研究部で育ててたはずなのに……こんな、獣みたいに……」
言葉の続きを待たず──
──シュッ!!
空気を裂いて、黒い蔓が飛び出した。
狙いは──ユフィ先輩。
「っ……!」
咄嗟に手を伸ばすが、わずかに届かない。
蔓が彼女の体を打ち抜く。
「ユフィ先輩っ!」
叫んだ直後、二撃目が来る。
「チッ、させるかよ!」
トールが鍋蓋とトレーを十字に構え、蔓を迎撃した。
ギィンッ!
金属音が響き、蔓は弾かれて柱に叩きつけられる。
その隙に、俺はすかさずユフィ先輩のもとへ駆ける。
床に倒れた彼女から少し離れた場所──
銀のペンダントが、赤く脈打つように微光を放っていた。
(これ……学院祭で使われてたマナ管理用のペンダント……?)
微かな記憶が蘇る。
けれど、今はどうでもよかった。
ユフィ先輩のもの。
それだけで、理由は十分だった。
俺は迷わず拾い、彼女の元へ駆け寄る。
「先輩!」
ユフィ先輩が、濡れた床からゆっくりと顔を上げる。
額には汗、唇は震え、それでも──
その瞳は折れていなかった。
俺はペンダントを差し出す。
銀の細工は、かすかに震えていた。
まるで彼女の“想い”そのもののように。
「……セイルさん、ありがとう……」
彼女はそれを胸元に引き寄せ、そっと握りしめた。
「これ……大切なものなの」
震える声。でも、その意思は確かだった。
俺は、頷いた。
たった今、また心に誓った。
何があっても、この人を守る。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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