21:48 男子寮・備品倉庫前
寮の扉が、軋むようにゆっくりと開いた。
夜の空気は、ひときわ冷たさを増していた。
それでも、俺たちはためらわずに足を踏み出した。
「……にしても、このままじゃ、装備差がデカすぎるな」
廊下の隅で足を止めたトールが、ぼそりと漏らした。
「俺は拾いもんで何とかなってるけどさ。セイル、お前はほぼ素手。魔法は封じられてるし、ユフィ先輩も実質ノーガード。……正直、このまま突っ込むのは無謀だ」
言われて気づく。
最初から正面衝突のつもりはなかったけど──
“出会ってしまう”可能性を、完全に排除できるわけじゃない。
「……倉庫、覗いていこう」
男子寮のすぐ裏手にある、鍵のかかっていない古びた備品倉庫。
祭の準備でも使った場所だが、今は闇に沈み、音ひとつない。
俺たちは、できる限り物音を立てずに、そっと扉を開けた。
中は、予想以上に散らかっていた。
壊れかけの椅子、色あせた飾り、埃をかぶった訓練具……
木と鉄と湿気の匂いが、沈殿した空気に混じって漂っている。
トールがすばやく棚の裏に手を伸ばす。
「……お、これ、まだ使えそうだな」
引き出したのは、小ぶりな木製の盾だった。
縁には、うっすらと魔導繊維の加工痕が残っている。
「軽盾か。訓練用だな。暴走体の一撃ぐらいなら……なんとかいける」
「じゃあ、拝借。あいつに二度も素手で挑むのはゴメンだ」
彼が肩にかけた瞬間、パチ、と軽く木が鳴った。
ふと、棚の下からユフィ先輩が何かを引き上げた。
「……これ、羽織ってもいいかしら?」
それは、色あせた外套だった。袖は裂け、裾もぼろぼろ。それでも、裏地には火傷防止用の結界糸が縫い込まれていた。
「旧式の耐魔装。……多分、火の演舞用だな。形だけでも防御になる」
「ええ。布一枚でも、あると違うのよ。……気持ちが」
彼女はそっと、それを羽織った。
その仕草ひとつで、なぜか背筋が伸びたように見えた。
俺も、棚の隙間に手を伸ばす。
──束ねられた、小さな紙札があった。
「……魔導札?」
トールが眉をひそめる。
「使い方、わかんのか?」
「正確には分からない。でも……
通電すれば反応するタイプかも。結界術で似たのを見たことがある。取っておく」
「よし。必要なもんだけ拾ったな。──これ以上は、音を立てるだけだ」
頷き合い、倉庫を出る。
扉が音を立てて閉まると、夜の静けさがふたたび包み込んだ。
灯りは手元のロウソクだけ。
その小さな火が、進むべき道を照らし出す。
植物園までの道のりは、思ったよりも静かだった。
ここまで、一度も暴走体の気配を感じていない。
「……やっぱ、植物園方面は平和だな」
トールが、ぽつりと漏らす。
「まあ、植物ってのは基本、騒がねぇし動かねぇ。
暴走体も、近寄りたくねぇんだろ」
「逆に言えば、“マナと音への反応”って特徴は、確かっぽいわね」
ユフィ先輩が、静かに頷いた。
その横顔は、昨日よりずっと落ち着いて見えた。
──彼女が隣にいるだけで、不思議と心が落ち着く。
……だが、その安堵も長くは続かなかった。
「……やっぱり、閉まってるか」
足を止める。目の前には植物園の鉄門。
格子の上に、魔導札がびっしりと貼られていた。
「これ、正式な封印ね。生徒じゃ解除できないわ」
ユフィ先輩が、鍵穴をのぞき込みながら呟く。
「植物園は魔草保護のために、祭の間もずっと封印されてるの。
結界を解くには、専用の“鍵”が必要よ」
トールが、眉をひそめて尋ねる。
「……で、その鍵は?」
少しだけ考えてから、ユフィ先輩は小さく頷いた。
「──たぶん、職員室。通常なら、そこに保管されてるはず」
「なら、行くしかねぇな。職員室へ」
トールが軽く盾を叩いた。
俺も静かに、うなずく。
「無断で立ち入るのは……気が引けるけど。
この状況じゃ仕方ない。鍵を取ってこよう」
「他に選択肢はねぇしな。シーナの容態が悪くなる前に、急ごうぜ」
鉄門を背に、俺たちはふたたび歩き出す。
目指すは、学院の中心──職員室。
植物園の蔦が、夜風にさやさやと揺れる音だけが、背後に残った。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
https://ncode.syosetu.com/n8980jo/
「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
@chocola_carlyle




