21:36 男子寮・広間
ポーションを失った俺たちは、悔しさを噛み締めながら男子寮へ戻った。
扉をそっと開いた瞬間──
張り詰めた空気が、肌を刺すように滑り込んできた。
静寂。
ロウソクの炎が、細く、頼りなく揺れている。
それでも灯りは消えず、誰かの想いを守るように燃えていた。
その奥。壁際の毛布が、かすかに動く。
「……シーナ!」
トールが駆け寄る。
その声は、いつになく震えていた。
俺もすぐ後を追う。
シーナは毛布にくるまり、身体を丸めていた。
額には濃い汗。呼吸は浅く、頬が紅潮している。
──熱が、上がっている。
「すまねぇ……間に合わなかった……」
「途中で……瓶が割れてて……漏れちまったんだ」
悔しさが、喉に突っかえる。
それでも口にしなければならない。
でも──
彼女は小さく首を振った。
「……ウチが、怪我したんが悪いんやから……
気にせんで……ほんまに……」
声に力はない。
それでも、気丈に笑おうとする彼女が、そこにいた。
広間に、沈黙が降りる。
誰もが、息を止めていた。
──その静寂を破ったのは、ロウソクの陰から立ち上がった一人の少女だった。
「……植物園は、どうかしら?」
ユフィ先輩。
彼女の声は静かで、でも確かな“芯”があった。
まるで、誰よりも闇の中を見据えているように。
「薬草の授業で使った《霊草》──
ポーションの原料よ。
先生はいつも、植物園から直接摘んでいたわ」
淡々と語るその言葉に、誰もが耳を傾ける。
その声が、状況を覆す“道筋”を引いていく。
「たしか、魔草研究部の子たちも《竜炎草》や《眠り花》を育てていた。
あそこなら……可能性があるわ」
わずかな沈黙。そして──
「……わたしも、行くわ」
その一言に、広間が凍りついた。
「ユフィ先輩、それは……!」
思わず口をついて出た。
俺の声は、焦りと戸惑いをそのまま乗せていた。
「さっき、暴走しかけてたじゃないですか。
マナの安定が戻ってない今、暴走体がうろつく外を歩くなんて、危険すぎます!」
だが彼女は、まっすぐ俺を見た。
その瞳は、どこまでも静かで、決して揺らがなかった。
「……わかってる。でも、それでも行くのよ」
反論できなかった。
理屈では止められない“何か”が、彼女にはあった。
一拍の静寂。
その中で、彼女はゆっくりと語り出す。
「だって……今日は“学院祭”の、最後の夜でしょう?」
その言葉が落ちた瞬間──
広間の空気が、ふっと変わった。
ロウソクの炎が、さざめくように揺れる。
「生徒だけで作り上げた、魔法の祭典。
準備に明け暮れて、眠れない夜を越えて。
喧嘩して、笑って、また泣いて──
それでも迎えた今日だったのよ」
ユフィは、そっと胸に手を当てた。
「本当なら、今ごろ……すべてが終わっていたはずだったの。だから、その“終わり”を、ちゃんと見届けるのが──学院祭の実行委員長である、わたしの“役目”なの」
その声は、決して大きくはなかった。
けれど──誰よりも真っ直ぐで、静かな覚悟がこもっていた。
「……わかりました。じゃあ、行きましょう。植物園へ」
俺の言葉に、ユフィ先輩が小さくうなずく。
その姿を見て、隣にいたトールがぽりぽりと頬をかいた。
「……ほんとは止めるべきなんだろうけどな。でも、セイルから何度も聞かされてたんだよ。“ユフィ先輩が、ユフィ先輩が”ってさ。耳にタコができるくらい、優しくて、真面目で、頼れるって──そんな人が、自分から動いてくれるなんて……ありがたいよ。ほんと、感謝しかねぇ」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、トールは深く頭を下げた。その言葉のひとつひとつに、シーナへの想いが滲んでいた。
ユフィ先輩は、少しだけ戸惑ったように目を伏せ──
それでも、まっすぐに応える。
「……ありがとうございます。まだこの“暴走の夜”の原因はわかりませんけど……学院祭の終わりと同時に始まったこともあって、実行委員長としても、関係がないとは思えなくて……」
少し言いよどんで、でもすぐに目を上げる。
「それに──セイルさんのご学友が傷ついていて……放っておけるはず、ないじゃないですか」
その一言が、胸に響いた。
……俺のことを忘れていても。
俺が、憧れたユフィ先輩は、やっぱり──そこにいた。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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