21:29 南棟・崩れたバリケードの影
──暴走体は、やり過ごせた。
張り詰めた緊張が、ようやくほどける。
これで大丈夫だ。
ポーションを届けさえすれば、シーナを救える。
あとは男子寮に戻って、夜が明けるのを待つだけ──
……そう、思った。
その瞬間だった。
足元に、ひやりとした感触。
「……っ」
反射的に足を引く。
濡れている。
「セイル、どうした?」
トールの声にも答えず、俺はロウソクを低く掲げる。
ぼんやりと照らされた足元の床に──
青緑の液体が、ゆっくりと、粘つくように広がっていた。
ガラス片。微かな香草の香り。
嫌な予感が、首筋を這い上がる。
俺はポケットに手を突っ込み──固まった。
包んでいた布が、しっとりと濡れている。
取り出すと、小瓶は──
ヒビが入っていた。
中身は、もうなかった。
「……割れてた……」
トールが絶句する。
俺も、しばらく言葉が出なかった。
──いつだ。
医務室での取っ組み合いか。
バリケードを抜けたときか。
それとも、自分でも気づかぬうちに、どこかで。
たった一本の、頼みの綱だった。
初級ポーションでありつつも、
シーナを救う本物の“命綱”。
「……医務室には、もう……残ってなかったよな」
「他に……探せる場所は?」
俺は、脳裏に学院の地図を思い描く。
備蓄室。教員用の物資庫。旧棟の応急備え。礼拝堂。
だが──
どれも、ここから遠い。
この一帯には、すでに暴走体が引き寄せられている。
遠くまで探しに行けば、帰還の確率が極端に下がる。
数分の猶予も、もうないかもしれない。
「……ここでこれ以上動けば、確実に囲まれる」
トールの低い声が、現実へ引き戻す。
「だったら──いったん戻ろう」
重い決断だった。
悔しさが喉の奥で詰まる。
けれど、今の俺たちにできるのは、“生き延びる”ことだ。
「……戻ろう。シーナが、待ってる」
「……了解」
俺たちは、ふたたび男子寮への道をとった。
ロウソクの火は、さっきよりも短くなっていた。
かすかに揺れるその炎が、足元を照らす。
けれど──
不思議と、見えないもののほうが多くなっていた。
影が、濃い。
諦めたわけじゃない。
後悔してる時間もない。
あるのは──
仲間を救うため、次の手を探す意志だけだ。
夜の学院を、俺たちは再び、静かに進んでいった。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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