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魔法学院の七共鳴  作者: チョコレ
第一章 医務室の影
12/20

22:24 医務室・奥のカーテン前

 トールが左腕に鍋蓋を構え、もう一方の手でロウソクの火を絞った。

 カーテンが、ゆっくりと揺れる。

 その向こうから──

 “それ”が、現れた。


 白いローブ。

 裂けた片袖から、赤黒く染まった血がにじむ。

 腕は力なく垂れ、うなだれた首の奥で、濁った目だけが宙を彷徨っていた。


 完全な暴走体ではない。

 まだ、境界にいる。

 だからこそ──

 その声は、届いた。


「……オレ、が……守るって……言ったのに……」


 乾いた音が、喉の奥から漏れる。

 怒りでも悲しみでもなく、ただ──

 未練だけが、声に染みついていた。


 足元が、にじむように一歩踏み出す。


「来るぞ!」


 トールが先に飛び出した。

 両手に構えたトレーと鍋蓋をクロスさせ、突進してくる男の動線を、斜めから逸らす。


 ガンッ──!


 金属がぶつかる鈍い音。

 振り下ろされかけた腕が逸れ、力の流れがずれた。


「セイル、足元だッ!」


「任せた!」


 俺はすぐさま床のシーツをつかみ、滑るように放つ。

 布が絡み、足元を奪われた男が前のめりに崩れ落ちた。


「今だッ!」


 トールがカーテンを引き裂き、上半身に絡めて押さえ込む。

 俺は棚から包帯を引き抜き、足をぐるぐると巻いて動きを封じた。

 最後にトールが、鍋蓋を“楔”のように胸元へ押し当て、全身を床に抑え込む。


「行くぞ!」


「おう!」


 俺たちは、残りの時間が尽きる前に──

 医務室を飛び出した。


 背後で、布が引き裂かれる音が響く。

 拘束はまだ保たれている。だが、時間の問題だった。


 そして──

 問題はもう一つあった。


 今の騒ぎで、別の“それ”を呼んでしまった。


「……まずい。このままだと……」


 言い終える前に、わかった。

 廊下の奥。

 何かが、こちらへ近づいてくる。


 足音はない。

 ただ──ずりっ……しゃり……

 濡れた床を何かが引きずるような音。

 空気を撫でるような、粘つく衣擦れ。

 重い吐息が、ほのかに混じっていた。


 (……走れば、また寄ってくる……!)


「バリケードの……向こう……!」


 トールが指した先、崩れた机やロッカーの隙間。

 人ひとり──

 いや、ふたりでも──ぎ

 りぎり、滑り込める。


「滑り込むぞ。音、立てんなよ……!」


「了解……!」


 ロウソクの火を手で覆い、呼吸を浅くする。

 鼓動がうるさく聞こえるほど、張り詰めた静寂の中──

 俺たちは、音もなく動いた。


 家具の隙間に身体を滑り込ませ、膝を抱え、背を縮め、息を潜める。


 ──その直後だった。


 ずっ、ずり……しゃっ……


 音が、近づいてくる。

 靴を引きずる音。

 何かが粘るように床を這い、こちらへ迫ってくる。


 来ている。確実に。


 “魔法”は使えない。

 使えば、マナの気配で一発アウトだ。


 (……頼む……気づくな……!)


 目を閉じ、音に全てを委ねる。

 トールも一言も発さず、固く凍りついている。


 ──しゃりっ……。


 指先をかすめるような空気のゆらぎ。

 ほんの少し、動けば、終わる。


 けれど──通り過ぎた。

 音は、やがて遠ざかっていった。


「……ふぅ……マジで肝が冷えた……」


 トールの息が、かすかに震える。


「……でも、まだ終わってない。急ごう」


 崩れた木材と石材の隙間から、俺たちは這い出るように立ち上がる。

 動作はゆっくりと、慎重に──


 ──そのときだった。


 足に、冷たい感触が触れた。


 まさか──!

この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。


https://ncode.syosetu.com/n8980jo/


「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

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