エピローグ
一週間後、椎名と美咲は大学のカフェで事件について話していた。
「あの事件以来、よく眠れないよ」椎名はコーヒーをかき混ぜながら言った。
「私も」美咲が答えた。「でも、真犯人を見つけ出せて良かった」
「警察から連絡があってね」椎名は言った。「西園寺さんは、黒川を殺したことで罪に問われるけど、情状酌量の余地があるらしい。それに、ほかの殺人については無罪になる」
「そして柏木先生は?」
「精神鑑定を受けるらしい。15年間の計画的な復讐…彼女の心の闇は深かったんだ」
美咲はため息をついた。「城崎さんという人は、本当に愛されていたのね」
「うん。柏木先生は、彼の死後も彼を愛し続けていた。それが復讐という形になってしまったけど…」
「悲しい話ね」
椎名は黙ってうなずいた。そして、ポケットから一枚の写真を取り出した。それは、事件解決後に桜井教授から渡されたもので、若かりし日の城崎健太郎と柏木真理子が笑顔で並んでいる写真だった。
「彼女は最後に言っていたよ」椎名は静かに言った。「『私が許せなかったのは、深山が城崎の発明を盗んだことじゃない。城崎を追い詰めて、自殺に追いやったことなんだ』って」
「その気持ち、少しわかるわ」美咲は写真を見ながら言った。「愛する人を奪われたら…」
「でも、復讐は何も解決しないんだよね」
「そうね」美咲は窓の外を見た。「今頃、柏木先生は後悔しているのかな?」
「わからない。でも彼女は言っていたよ。『やっと健太郎のところに行ける』って」
雨が窓を叩き始めた。二人は黙って、その音に耳を傾けた。悲劇は終わったが、その余韻はまだ彼らの心に残っていた。
そして椎名は思った。人形の涙は、本物の涙ほど悲しくない。でも、人形に見せかけた本物の死は、最も悲しいのかもしれない、と。
雨はますます激しく降り続けた。
(終)